千葉・無罪の元教諭わいせつ事件:「元教諭、他にも暴行」 東京高裁民事、賠償金増額
毎日新聞 2010年3月25日 東京朝刊
千葉県浦安市立小学校の元教諭(50)=依願退職=から性的暴行を受けたとして、知的障害のある少女(18)と両親が、元教諭と県、市に約2000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁(一宮なほみ裁判長)は24日、県と市に計60万円の支払いを命じた1審・千葉地裁判決を変更、新たに暴行を認め、県と市に計330万円の支払いを命じた。
元教諭は強制わいせつ容疑で逮捕、起訴されたが、千葉地裁、東京高裁とも「少女の証言は信用できない」として検察側の主張を退け、06年2月に無罪が確定した。ところが、民事の1審判決(08年12月)は性的暴行の一部を認め、原告、被告双方が控訴していた。
判決で一宮裁判長は「1審が認めた暴行以外にも数回胸などを触り、下半身を見せたことが認められる」と新たな暴行を認定。少女の証言については、知的障害児の特性を踏まえ「被害をすぐに申告できなくても不自然とは言えない。内容は具体的で臨場感がある」と、信用性を認めた。
元教諭については「捜査段階で逮捕容疑を認め自白した。幼児性愛傾向があり、少女に性的暴行する動機があったと認められ、自白は信用できる」と判断。刑事事件捜査の経緯に踏み込む異例の判決となった。
訴状によると、少女は小学6年で特殊学級に在籍していた03年4〜7月、教室などで元教諭から体を触られるなど計22件の暴行を受け、市はそれを防止できず、県も元教諭への適切な処分を怠ったとしている。1審はこのうち3件を認めた。
判決後、原告の両親は「知的障害児にとって初めて正当な裁判が行われた。被告はひとかけらでも反省の気持ちがあれば上告を断念すべきだ」と話した。
浦安市の松崎秀樹市長は「判決を詳細に読んでいないのでコメントは控える」、千葉県の森田健作知事は「判決を十分検討し対応する」とのコメントを発表した。【中川聡子】
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浦安の教諭わいせつ:控訴審 少女の訴え扉開く 暴行広く認め賠償額引き上げ /千葉
2010年3月25日11時29分配信 毎日新聞
◇裁判のあり方に一石
知的障害を持つ少女の訴えに、刑事公判は2度扉を閉ざしたが、民事法廷の扉は再び、より大きく開かれた−−。小学時代に性的暴行を受けたとして浦安市の少女(18)と両親が元教諭(50)らに損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は1審千葉地裁よりも暴行を幅広く認め、賠償額を引き上げた。元教諭は強制わいせつ罪に問われ、無罪となっている。被害を正確に申告できないとされる知的障害児に高裁判決は救済の可能性を広げ、裁判のあり方にも一石を投じた。【中川聡子】
判決が言い渡された瞬間、両親は思わず手で顔を覆った。涙がせきを切ったように流れてくる。閉廷後の廷内で、両親と弁護団が抱き合う光景に、傍聴席から拍手が起きた。
「1審よりもいい判決が出たよ−−。そう言って娘を抱きしめたい」。判決後の記者会見でもなお、母親は声を詰まらせた。父親は「多くの裁判官が今日の判決を重く受け止め、障害への理解を深めてほしい」と語った。
民事訴訟で少女と両親が訴えた性的暴行は合計22件。このうち1審判決は、▽03年6月27日に頭を2回殴った▽同7月4日に胸をつかんだ−−とする計3件の暴行を認定した。それ以外は「日時、場所が特定できない」と退けた。県と市はこの判決を不服として控訴。原告側も、1審が認めていない暴行も認められるべきだとして付帯控訴していた。
◇ ◇
控訴審判決では、あいまいさを含んだ被害少女の証言の信用性が大きく認められた。
一宮なほみ裁判長は判決で「下半身を触られたことについての当初の被害申告は、家族に少女が自発的に供述を始めた。身ぶりを伴い、具体的」として、日時、場所を特定できない被害についても暴行を認定した。続けて「(知的障害児や性的虐待の被害児童は)被害直後に被害を申告するとは限らず、相当時間を経過した後に話すことも多い。少女の知能レベルからすると、他の性的被害について申告しなかったとしても、不自然とはいえない」と判断した。
判決はさらに、元教諭が捜査段階で行ったわいせつ行為を認める供述についても信用性を認定。「捜査官の誘導によるものとは考えがたい。(自白を否定した)刑事公判廷での供述は信用できない」と指摘した。その上で「状況理解能力の劣る少女に対する元教諭の行為は許し難い」と厳しく指弾した。
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判決後の会見で、弁護団は「知的障害児の供述の信用性を認めた画期的な判決だ」と語り、知的障害者や性的被害にあった児童が証言する際の▽日時、場所が具体的でない▽被害申告に相当期間が必要なケースがある−−などの特性を判決が考慮した点を評価。「1審では十分に理解されておらず、被害直後の訴えしか認められていない。(日時、場所などを特定する)従来の事実認定から大きく踏み出した」と話した。
母親は会見の途中「感無量。初めに声を上げてくれた子どもたちに感謝したい」と笑顔も見せた。
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■解説
◇証言特性に大きく踏み込む
24日の東京高裁判決は、知的障害者や性的被害を受けた児童の証言特性に大きく踏み込んだ画期的な内容だ。被害発覚から7年に及ぶ原告家族の闘いは、知的障害者が司法に参加する道を切り開き、救済の可能性を大きく押し広げた。
1審判決は原告の訴えを一部認めたが、基本的に「日時、場所を特定できない被害は認めない」という従来の事実認定の枠組みを踏襲し、大半の被害を認めなかった。
性的虐待を受けた子供は知的障害の有無にかかわらず、被害を誰にも言えず、長い時間が経過してから訴えるケースが多い。日時や場所があいまいになりやすく、被害の影響で記憶に空想が混ざり、証言全体が信用できないとされるケースもある。こうした弱者は事実上、司法の場から閉め出され、救済の道が閉ざされてきた。
今回の控訴審で、弁護団は専門家の鑑定書などを証拠として提出し、知的障害者の証言特性について立証。判決はこれを大筋で認め、日時などを特定できない被害も認定した。無罪となった刑事事件の経緯も検討し、捜査段階の自白も事実認定の足がかりとした。
刑事と民事で判断が分かれた背景には、司法関係者の障害への理解不足や対応の不十分さが横たわる。
弁護団は「知的障害者が被害にあう事件の中では警察、検察が立件したまれなケースで評価できる」と立件自体は評価するが、一方で「当時は被害児童からの聞き取りのスキルや証言特性の専門的な立証が足りなかった」と指摘する。
性的被害者にとって裁判は自らの傷口をさらす行為だ。早期救済には知的障害者や児童から信用できる証言を引き出し、信用性を立証する捜査機関のスキル向上や司法システムの確立が不可欠だ。【中川聡子】
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◇少女が性的暴行被害を訴えた事件の経緯◇
03年4〜7月 少女(当時小学6年)が教諭から性的暴行を受けたとされる
04年 2月16日 県警が教諭を強制わいせつ容疑で逮捕
3月 5日 千葉地検が教諭を起訴
05年 3月24日 千葉地裁で検察が懲役7年を求刑
4月28日 千葉地裁が無罪判決、翌月、千葉地検が控訴
06年 2月15日 東京高裁が無罪判決、確定
5月11日 少女と両親が教諭と県、浦安市に2000万円の損害賠償を求めて千葉地裁に提訴
07年 3月31日 教諭が依願退職
08年12月24日 千葉地裁が県、浦安市に60万円の支払いを命じる判決
09年 1月 県、浦安市が東京高裁に控訴。原告も判決の変更を求めて付帯控訴
7月13日 東京高裁で控訴審の初弁論
10年 3月24日 東京高裁が1審判決を変更し、県、浦安市に330万円の支払いを命じる判決
3月25日朝刊
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参考資料
「冤罪・浦安事件」として被害者側を糾弾する謎のブログ