国旗国歌通達は「合憲」 都教職員ら逆転敗訴

国旗国歌通達は「合憲」 都教職員ら逆転敗訴
産経新聞 2011年1月29日(土)7時57分配信

 入学式や卒業式で国旗に向かっての起立や国歌斉唱を求めた東京都教育委員会の「通達」や「校長の命令」は、思想と良心の自由を定めた憲法に違反するなどとして、教職員ら395人が、従う義務がないことの確認や慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決で東京高裁の都築弘裁判長(三輪和雄裁判長代読)は28日、「通達には合理性があり、思想・信条・良心などの自由を定めた憲法に反しない」などとして1審東京地裁判決を取り消し、教職員側の請求を棄却した。教職員側は上告する方針。

 都教委は平成15年10月、都立高校の校長に国旗掲揚、国歌斉唱やピアノ伴奏の実施方法を通達し、従わなかった教職員を懲戒処分にしていた。

 都築裁判長は通達について「式典の国旗掲揚、国歌斉唱を指導すると定めた学習指導要領に基づいている。一方的な観念を子供に植え付ける教育を強制するものではない」とした。

 判決は、国旗国歌法制定(11年)の前から日の丸が「国旗」、君が代が「国歌」であることは慣習法として確立していたと判断。「一律に起立、斉唱するよう求めた都教育長通達には合理性があり、思想・信条・良心などの自由を定めた憲法に反せず、教育基本法が禁じる『不当な支配』にも当たらない」とした。

 原告側は通達違反を理由にした懲戒処分などの事前差し止めも求めたが、「訴訟要件を満たしていない」と訴えを却下した。

 18年の1審東京地裁判決は「原告は起立や斉唱を強要され、精神的損害を受けた」としたほか、日の丸と君が代を「終戦まで軍国主義思想の精神的支柱だったのは歴史的事実」とし、原告側勝訴としていた。

【用語解説】国旗国歌訴訟

 平成元年の学習指導要領改定で、入学式などでの国旗掲揚、国歌斉唱を指導するよう明記。11年に日の丸を国旗、君が代を国歌と位置付ける国旗国歌法が成立した。だが、教職員が国旗掲揚や国歌斉唱に反対してトラブルになるケースが絶えず、東京都教委は15年、都立高校長らに「教職員は国旗に向かって起立し国歌を斉唱する」と通達、従わない場合は処分対象にすることも明確にした。通達や処分に反発した教諭らが訴えを起こしていた。

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国旗国歌訴訟「合憲」 都教委など安堵「妥当な判決」
産経新聞 2011年1月29日(土)7時56分配信

 「当然の判決だ」。卒業式、入学式で教職員らが起こした混乱の正当性を否定した28日の東京高裁の逆転判決。東京都教育委員会など教育関係者の間には、安堵(あんど)の雰囲気が広がったばかりか、1審判決への改めての批判が出た。一方、原告の教員らは「裁判所はひどいところだ」と、逆転判決に納得がいかない様子だった。

 東京都の石原慎太郎知事は28日の定例会見の中で、「国歌や国旗に対する国民の反応や現象は日本だけちょっと奇異。判決は大変結構だと思っています。ごく妥当だ」と話した。

 大原正行教育長も「主張が認められたことは当然のことと考える。今後とも、学校における国旗・国歌の指導が適正に行われるよう取り組んでいく」とのコメントを発表した。

 厳粛な卒業式や入学式の実施のため、都教委ではこれまで、国歌斉唱や起立を拒んだ教員たちに毅然(きぜん)とした態度で臨んできた。

 通達を出した平成15年度に懲戒処分を受けた教員数は179人。同種の事案での全国の処分者の9割以上を占めたこともある。

 しかし、最近では斉唱時の起立を拒む教員は激減。東京都の21年度の処分者はわずか5人になった。国旗の持ち去りや引き下ろし、表立っての式典妨害など「実力行使」は影を潜めている。

 正常化が進んだ背景には、東京都日野市の小学校で音楽教諭が国歌のピアノ伴奏を拒み戒告処分とされたことに関した、職務命令をめぐる訴訟で19年2月、職務命令を合憲とする最高裁判決が出るなどしたことがある。各地での同種訴訟でも教員側の敗訴が相次いでいる。

 ただ、東京都に限らず各地の一部の教員らは、「起立の義務はない」と校長らに「予防訴訟」を提起したり、学校が不起立教員の名前を教委に報告することを「個人情報の違法収集だ」として訴えを起こしたりするなど、あの手この手の「裁判闘争」を続けている。支援組織によるホームページを通じて訴訟の経過報告や集会の案内、カンパ要請をしながら支持を呼びかける活動が一般的だ。

 北九州市では校長が式典前に「心を込めて歌うように」と教員に命じたところ、「内心の自由を侵害した」と裁判になるなどしている。

 こういった現状について、公立学校での校長経験を持つ、埼玉県狭山ケ丘高校の小川義男校長は「国旗や国歌をめぐってここまで係争が相次ぐのは日本だけの光景。国家や同胞といった者への感覚、意識がいかに希薄になっているかを象徴的に示す裁判ともいえる」と指摘。そのうえで、「学校行事という公的な場で『俺は立つ』『私は立たない』などと始まれば儀式など成り立つはずがない。そもそも違憲だと判断した1審東京地裁の判決自体がおかしな判決だった」と話している。

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