「クビになっても食べられる」小学校講師がはまった落とし穴
産経新聞 2011年1月29日(土)15時26分配信
【衝撃事件の核心】
インターネットのブログに殺人事件の容疑者とは無関係の会社を「実家」とする虚偽の書き込みをしたとして、静岡県の小学校講師が書類送検された。講師はネット上で約1000のブログを開設して広告収入を得ていた。その稼ぎは「クビになっても食べられる」と警察に説明するほどだ。「アクセスを増やすための話題になると思い、書き込んだ」。教職にありながら罪の意識なく、一線を飛び越えてしまったようだ。(高久清史)
■「申し訳ありません」吹雪の日に謝罪
今月下旬、吹雪に見舞われた北海道江別市。雪の中、重い足取りで地元の不動産会社「外山不動産」を訪れる男性2人の姿があった。
札幌市で起きた女性2人の殺傷事件に絡み、インターネット上のブログに「親は江別で外山不動産経営です」とウソを書き込み、今月13日に信用棄損の疑いで書類送検された静岡県富士市立小学校の臨時講師の男性(34)と、その父親だった。
「申し訳ありません」
応接室で応対した外山美喜雄社長(60)に2人は頭を下げた。「うちは命がけで仕事をしている」と諭すように言う外山社長。外山社長によると、男性は「自宅謹慎中です。校長には『(仕事を)辞めたい』と伝えた」と説明したとう。
面会を終えて、親子は「これから警察署にあいさつに行く」と言った。外は相変わらずの吹雪だった。外山社長は2人を車に乗せて、自らハンドルを握った。家族からは「何でそんなことをするのか」ととがめられた。許したわけではない。ただ、吹雪の中を歩かせるのは忍びないと感じていたからだ。
北海道警江別署の調べによると、男性は女性2人が殺傷された事件翌日の昨年8月24日、逮捕された外山硬基被告(24)=殺人などの罪で起訴=について、ネット掲示板「2ちゃんねる」で「江別の外山不動産が実家か?」という書き込みを見つけた。
男性は当時、ブログに掲載したネット広告を通じて商品売買が行われた場合、報酬としてネットショッピングや換金に使えるポイントを得る「アフィリエイト」を利用。約1000のブログを持ち、毎月10万~20万円相当のポイントを得ていたとされる。
「ブログへのアクセス数を増やし、ポイントを多く得たかった。社会的に注目を集めた事件で、話題になると思った」
男性は江別署の事情聴取に対して、こう供述したとされる。外山被告は事件当時、道内の不動産会社に勤務していたが、外山不動産とは無関係だった。2ちゃんねるの書き込みは疑問形で書かれていたが、男性は「『そうなのかな』と思った。実家と思いこんだ」。
翌25日、自宅のパソコンを操作して、偽名、実在しない住所を使い新しいブログを立ち上げた。ブログのタイトルは外山被告のフルネーム。そして、次々と文字を打ち込んでいく。
「親は江別で外山不動産経営です。(外山被告は勤務先の不動産会社に)コネか何かで入ったのかもしれません。将来は実家をつぐつもりだったのかもしれません」
その翌日から、外山不動産に抗議や問い合わせの電話が殺到した。
■「誰でもカンタン」 スパムブログが横行
「誰でもカンタン」「ネットで収入」「お小遣いを稼ごう」
男性が事件当時に利用していたアフィリエイトサービスを提供する会社のホームページにはこうした誘い文句が書かれている。
総務省情報通信政策研究所によると、国内で開設され、ネット上で公開されているブログの数は平成20年1月時点で約1690万件。近年は毎月40万~50万件ずつ増えている。
ブログの市場規模は16年度の6億8000万円から20年度は約160億円に拡大。このうちブログ開設者らが得たアフィリエイト収入が約43%を占める。
書評を中心とした人気ブログ「404 Blog Not Found」を主催する小飼弾さん(41)はネット書店大手のアマゾンのアフィリエイトサービスを使っている。月に100万人以上がアクセスし、ブログで紹介された本の売り上げが伸びると評判となっており、小飼さんのもとには月に300冊前後の献本が届く。
「ブログを最初から商売のネタとして考えたことはない。アフィリエイトで収入を得ているのはあくまでも結果論」と話す小飼さん。「売り上げの目標は立ててはいけない。続けていくこと自体が大変なんです。『0円よりは励みになる』程度の気持ちで続けた方がいい。その結果として、ブログにリピーターがつくこともある」
1000のブログを持っていたとされる男性については「ブログを書くことが目的のブロガーではなく、カネありきのスパマーだろう」とみる。
スパムブログという言葉がある。総務省情報通信政策研究所によると、アクセス数を増やしてアフィリエイトの収入を得ることなどを目的に、他人のブログの書き込み内容や、人気キーワードを書き込むブログを指すという。17年ごろから増え始め、近年は増加傾向が著しいとされる。
こうした行為を繰り返す人間、組織がスパマーと呼ばれる。
■ポイントの使い道は「子供のおもちゃ」
「クビになっても食べられる」
「クビになっても、(アフィリエイトの)ポイントで食べていけるだけ稼げることができる」
捜査関係者によると、書類送検された男性はアフィリエイトを利用していた経緯について、こう説明していたという。
男性の立場は静岡県の県費により採用され、産休などで休む教師の代わりに教鞭(きょうべん)を取る「臨時的任用講師」。県教委によると、男性は10年程度の講師の経験があり、今回は22年4月1日から1年間の期間で採用されていた。
臨時的任用講師の月の給与は大学卒業後で講師経験が10年程度で年齢が32歳の場合、一般的には約28万円。このほか通勤手当、扶養手当などが加算され、ボーナスも年2回支給される。捜査関係者によると、男性は妻子持ちで普段の生活は講師の収入でやり繰りしており、アフィリエイトのポイントはほとんど使わずにためていた。
捜査関係者は「安定した仕事ではなかったので、保険としてアフィリエイトを続けていたのかもしれない」とみる。
江別署は昨年11月26日、信用棄損容疑で男性の自宅を家宅捜索してパソコンなどを押収したが、男性はその場で容疑を認める供述をしたという。
「本人は大きな騒ぎになるという認識はなかったと言っています。江別署の方が家に来て、びっくりしたそうです」
静岡県内に住む父親は憔悴(しょうすい)した声で話す。書類送検された今年1月13日、男性は父親に電話をかけ、「名前が出るから悪いね。申し訳ない。顔に泥を塗る。ごめんね」と謝罪。ポイントの使い道については「子供のおもちゃや身の回りのものを買っていた」と説明したという。
講師の仕事が生きがいだったという男性。父親は「もう講師はやれないでしょう。私も世間様にどんな顔をして生きていけばいいのか」と嘆いた。