柔道指導、教諭手探り 中学校の武道必修化
2012年2月6日15時9分 朝日新聞
4月から中学校で武道の必修化が始まる。大半の学校で柔道を教える見込みだが、「事故が多発しており危険だ」という声もある。そうした指摘を教諭らはどう受け止め、臨もうとしているのか。神奈川県内の教育現場の現状を探った。
「脳振盪(のうしんとう)を軽く見てはいけない。重大な事故の前触れのケースが多い」「むち打ちで脳が損傷することもある」
1月下旬、県柔道連盟の柔道指導者講習会が横浜市で開かれ、約150人が参加した。柔道場の師範らベテラン指導者向けの講習会だが、この日は必修化を前に同連盟が県教育委員会と連携。中学の体育科教諭約30人も受け入れた。教諭らはけがの危険性や後遺症などの医学的な解説を聞きながら熱心にメモを取っていた。
独立行政法人「日本スポーツ振興センター」の資料によると、中学・高校で過去28年間に柔道で114人が死亡していた。このため、危険性を心配する保護者らの声が高まっている。
■経験補う講習実施
だが、県教委によると、死亡事故のほとんどが部活動で起きている。授業は礼儀作法や柔道の楽しさ、技の基本を教えるもので、部活とは内容がまったく異なるという。
また、県内の公立校の大半がすでに体育の選択科目で柔道を扱っている。そのうえ、県教委などが経験の浅い教諭向けの講習会を数年前から増やし、全国柔道連盟発行の安全指導の冊子も全校に配ったという。県教委の担当者は「安全対策は十分」と話す。
相模原市の男性教諭(49)は授業では自由に技を掛け合う乱取りをさせないという。「自分の経験ではマットや跳び箱の方が事故が起きやすい」と話す。
■「正直、怖い気持ち」
一方で、現場からは不安の声も漏れる。同市の女性教諭(47)は柔道の指導経験がほとんどない。「忙しくて講習会に参加できない先生は多い。私も受け身以外を教えるのはまだ無理」。時間を見つけては柔道が専門の同僚に教えてもらっているという。
同市の男性教諭(43)は授業中、受け身の際に手をつく生徒を何度も見てきた。「ヒヤッとする場面はたくさんあり、怖いというのが正直な気持ちだ」
名古屋大の内田良准教授(教育社会学)によると、死亡に限らなければ授業中の事故も少なくない。全国の中学で後遺症が残る事故は27年間で93件発生しており、27件が授業中だった。
また、東海・北陸7県の中学で10年度に起きた柔道事故1529件のうち授業中の事故は597件発生。このうち危険性の高い頭や首を痛める事故の割合が19.3%を占め、部活中の事故に占める同様の割合の約2.4倍にのぼっていた。
選択科目でダンスを選んでいた生徒も含め、必修化で柔道の授業を受ける生徒は一気に増える。内田教諭は「全員に先生の目が行き届くのか不安だ」と話す。
■事故防ぐ仕組みを
1月中旬、県内のある公立中で柔道の授業をのぞいた。今年度から柔道を学んでいる2年生の女子生徒たちが初めて背負い投げを体験する日だった。
生徒は2人ペアで15組ほど。先生のかけ声に合わせ、片側が一斉に技をかける。その直後、投げられた1人が「痛たた」と頭をさすった。ほかの生徒と話していた男性教諭が近づいて声をかける。「大丈夫か。頭打ったのか。どの辺だ」
このとき、もし生徒が声を上げなかったら、先生は気づくことができただろうか。大勢を一度に見るのはやはり限界がないか。
必修化を控え、「危険」という言葉が独り歩きしている感もある。授業と部活動を混同すべきではない。だが、授業で事故が絶えないのも事実。学校や行政には、それぞれの事故の内容を分析し、次の事故を起こさない仕組みを作ってほしい。(植松佳香)
〈中学校の武道必修化〉 安倍政権による2006年の教育基本法改正を受け、伝統と文化を尊重して郷土愛を育むことなどを目的に、文部科学省は08年に学習指導要領を改訂。12年度からの中学校体育の必修授業に武道を盛り込んだ。各学校は柔道、剣道、相撲のほか、地域や学校の実態に応じてなぎなたなども選べる。設備や指導者の有無から柔道を選ぶ学校が多いとされる。