いじめ対応・減る正規教員・現場での孤立…校長はなぜ自殺したのか
産経新聞 2012年9月15日(土)15時15分配信
【関西の議論】
津市の54歳の男性小学校長が市内の山林で首を吊った。学校で起きたいじめ対策に取り組んでいた最中の自殺だった。市教委による1カ月間に及ぶ原因究明が行われたが、いじめ問題への対応を含めさまざまな校長業務の重圧が「(自殺の)引き金になったのではないか」(市教育長)と、判然としないままだ。大津市の中学2年の男子生徒の自殺を機に全国各地でクローズアップされたいじめ問題。学校の管理責任が厳しく問われる中、いじめ問題を含め、多くの課題に直面した新任校長の過酷な現実も浮かび上がった。
■関心集めるいじめ対応
校長が遺体で見つかったのは3連休最後の7月16日の朝だった。前日の午後、自宅を出て行方不明になっていた。学校が始まる火曜日を前にした悲劇。遺書はなかった。
校内では4月中旬に保護者から「遠足の時に子供が仲間はずれになりそうだ」などと相談があり、いじめ問題が発覚。大津市で中学2年の男子生徒が自殺した問題をめぐり、学校や市教委の対応が厳しく問われていた時期でもあった。
「いじめが、もし、事実なら…」
着任早々に寄せられた見過ごしてはいけない相談だった。すぐに担任らと対応を協議し、6月上旬に市教委に報告した。市教委もカウンセラーなどを学校に派遣、校長は担任の家庭訪問にも付き添った。校長が自殺する前の最大の課題はいじめ問題への対応だった。市内の別の小学校の教頭から4月、全校児童約90人という小規模校の新任校長に昇任したこの校長の双肩に、いじめ問題が大きくのしかかっていたことが推し量られた。
■率先して現場へ
市教委もいじめ問題への対応を中心に教員らの聞き取りなどで原因を調査。まず、校長の性格は「きまじめ」「責任感が強い」という声が集まった。学校近くの主婦(46)は「穏やかな方で、校外の横断歩道で旗を持って熱心に児童の登下校を見守る姿をよくみかけた」と話した。
登校の出迎えは欠かさず、担任が4月から病欠した特別支援学級の3人の児童を他の教員と分担して受け持ってもいた。調査が進むにつれ、保護者会や地域への対応、教員の管理に加え、率先して現場に出ていた光景が浮かぶ。
一方、教員らは校長の様子の変化にも気づいていた。教頭は「4月ごろは元気だったが、6月末ごろから疲れた様子だった。口数が少なくなり、起伏のない表情になってきた」と振り返る。
「めまいがする」と訴えたため、早退を勧めたこともあった。別の教員への聞き取りでは、7月初旬から、ソファにぐったりと座る時間が長くなっていたが、7月下旬に予定されていた兵庫県への1泊2日の職員旅行の話題になると、明るく受け答えし楽しみにしていたという。
いじめ問題への対応を含めた管理業務に追われる中、精神的な負担が増して不安定な状況に陥ったのだろうか。遺族によると、内科病院で睡眠薬を処方されていたこともわかり、7月21日からの夏休みで治療に専念する予定だった。
調査では、校長のパソコンも分析された。だが、悩んでいることや、その原因などを推測できるような記録はなかった。教頭ら部下の教員や職員に疲労感は見せてはいたものの、その理由をはっきりとは打ち明けなかった。
このため、調査でも自殺原因の解明には至らなかった。
関心を集めたいじめ問題への対応だが、調査ではいじめを「初期的な段階」と判断し、自殺とは「因果関係は不明」と結論付けた。中野和代・市教育長は「熱血漢で問題に正面から当たる人でした。いじめの問題に振り回される器ではなく、他人に相談しなかったことが、衝動的な行動につながったのではないか」と推測する。
■一丸となれず?
調査では原因を解明することはできなかったが、別の問題点もあぶりだされた。報告書にはさまざまな問題に「職員全員が一丸となって取り組む態勢に課題があった」と明記された。具体的な中身の記載はなかったが、中野教育長は「課題解決のためチームプレーがうまく機能せず、校長が1人で課題を抱えていた可能性がある」と分析した。
これに対し、小学校教諭でもあったある県議は「昔は職員室で何気ない情報交換を重ねて、共同でことにあたってきた」と振り返り、「今は教員の5分の1が非常勤や代替職員。教員同士のチームプレーがとりにくくなっている」とみている。
三重県教職員組合の中村武志書記長も「騒ぐ児童の指導で昼休みも教室から離れらず、職員室に戻れないことも増えているようだ。10年前に比べ確実に情報交換がおろそかになり迅速なチームプレーがとれにくくなっている」と現状を話す。
県教委によると、今年度は小学校教員の約21%が正規以外の非常勤や代替職員。平成22年度は約19%で、正規教員は減っている。信田信行・県教育次長は「少子化による児童数の減少で、教職員定数法に基づき正規教員を減らさざるをえない」と話し、いじめをはじめ学校の課題が複雑化し多発していても、児童数のみで配置される定員に不満を漏らした。
■魅力ない「校長」
職員室のチームプレーで解決策が共有できないため、校長は、さまざまな課題に校長室で孤独に取り組まなければならなかったという。中村書記長は「校長の家庭訪問は年に1度か2度程度だったが、今は何度も訪問し出動件数が増えている。課題対応の決断を迫られるなどプレッシャーも強い」と同情を寄せる。
「校長」という肩書にも魅力がなくなってきているという。県内の小中学校校長選考で15年度に420人にのぼった受験者が今年度は293人と3割近く減っている。この実態が、現代の「先生気質」を反映しているともいわれる。ある30歳代の県内の小学校教員は「子供を教えるため先生になったのに、煩わしい渉外業務は嫌だ」と語る。
県教委によると、過去10年の小中学校教員のうち死亡退職は約80人。管理職の自殺は今回が初めてで教育関係者にとって衝撃は大きい。対応としてソーシャルワーカーやスクールカウンセラーなどの「充実」が市教委や県教委の方針として示されたが、教員の増員など裏打ちされた具体策は見いだせていない。
■第三者機関を
市教委では、月額報酬約20万円の校長OB1人が「学校サポーター」として市立73小中学校を対象に、さまざまな問題を聴いてまわっている。しかし、1人では、頻発するいじめ問題の対処や、学級崩壊に悩む教員や校長らの相談をすべて受けるのは物理的に不可能だ。今回の問題を契機に市教委は「積極活用する」としたが、予算の増額や、増員も示されてない。
さらに、自殺した校長は、この制度による学校サポーターの派遣を依頼していなかったという。
三重大の児玉克哉教授(社会学)は「校長が教育委員会に弱音をはくのはマイナスと考え、相談することも少ないだろう」と指摘した上で、「管理職にも相談しやすい第三者機関的な独立した相談態勢が必要」と訴える。
「校長が命を落とすなんて気の毒としか言えません」
校長が自殺した小学校に孫が通う70代の男性はこう話す。「校長の自殺」は、いじめ問題でクローズアップされ、調査の結果、校内で孤立した実態も判明した。しかし、こうした現状に市内の50歳代の校長は「浮かばれない」と悔やんだ。