「虫」と呼ばれ死んだ17歳 冷たい学校でのいじめ
産経新聞 2012年9月29日(土)12時0分配信
兵庫県川西市で9月2日に自殺した県立高校2年の男子生徒(17)がいじめを受けていた問題は、高校の対応の不手際が事態をより深刻化させた。遺書はなく、現時点で自殺といじめの因果関係は不明だ。男子生徒は中学時代、「いじめ防止」の標語に応募し、表彰された経験もあったという。そんな男子生徒が自ら命を絶つ少し前には「ムカデみたいな虫がいる」と深夜に突然目を覚まして泣き叫ぶこともあった。なにが男子生徒を死に追いやったのか。両親は真相解明を求めている。
■「虫」「エキスが付く」…
高校が2年生を対象に実施したアンケートからは、男子生徒をめぐるいじめの実態が浮かび上がった。
2年になって間もない4月上旬、「話しかけても反応がない(無視された)」という理由で、1人が男子生徒を「虫」と呼ぶようになり、5月中旬には席が近い2人も加わった。男子生徒の椅子の下で死んでいる虫を指差し、「虫」とからかったり、椅子に蛾(が)の死骸を置いたりしたことも。
「エキスが付く」。6月にはコーラス大会の練習中に、2人が別の生徒を男子生徒に押しつけ、はやし立てるなど次第にいじめはエスカレートした。同じ頃、男子生徒が「クラスの居心地が悪い」とこぼすのを聞いた友人もいた。
このほか、ちぎった消しゴムを投げつけたり、男子生徒の筆箱を投げ合って遊ぶこともあった。いじめをうかがわせる行為を見たと回答した生徒は22人に上った。
6月19日に席替えをした後、いじめが減ったと受け止めた生徒がいる一方で、夏休み直前まで続いていたという証言もある。仲が良かったという生徒(17)は7月20日の終業式での光景をはっきりと記憶している。
体育館で、男子生徒が同級生から「おい、虫」と呼ばれるのを目の当たりにした。男子生徒は黙ってうつむいていたという。
■「生きてさえいてくれれば…」
2学期の始業式を控えた9月2日、男子生徒は自宅トイレで首をつって死亡した。
母親によると、4月以降、男子生徒の様子が変わったという。弁当を残すことが増え、週明けには登校を渋るようになった。8月中旬には、深夜に目覚め「ムカデみたいな虫がいる」と泣き叫ぶこともあった。
約千グラムの未熟児で生まれた一人息子は両親の心配をよそに、内気だが心優しい少年に育った。中学生時代は、いじめの防止の標語に応募し、生徒会から表彰された。夏休みには、家族の共通の趣味のゴルフを楽しんでいた。
男子生徒が自殺した当初は「進路のことをうるさく言い過ぎたからかもしれない」と、母親は自らを責めたという。後に息子へのいじめがあったと知り、「転校してもよかった。ただ生きてさえいてくれればよかったのに…」と涙ぐむ。
男子生徒が、電子辞書で最後に検索した言葉は「自殺」だった。
■県警、クラス全員から聞き取り
兵庫県警は、自殺直後に両親から川西署にいじめの相談があったのを機に、同級生らから事実関係の聞き取りを進めた。「クラス内で起きたいじめの実態を正確に把握する」(県警幹部)として、同じクラスの生徒約40人全員を対象とする徹底ぶりだった。
捜査関係者によると、高校の調査でいじめへの関与を認めた同級生3人は、県警の聞き取りにも、男子生徒を「虫」と呼んだり、蛾を置いたりしたことを認めたが、刑事事件として立件できる内容は現時点では確認できていないという。
男子生徒の携帯電話のメール履歴や自宅のパソコンのほとんどのデータが消去されていたことも判明。自ら消去したとみられるが、県警はいじめに関する内容が含まれている可能性もあるとみてデータの復元を急ぐ。
県警は、高校側関係者からも事情を聴いており、事件性の有無を調べている。また、県教委などといじめ情報の共有強化を図る方針で、県警幹部は「県警や県教委など関係機関で連携会議を開くことも検討したい」としている。
■不手際相次ぐ、高校の対応
「自殺ではなく『不慮の事故』と伝えたい」
高校と遺族との溝が深まるきっかけとなったのは、遺族への思いやりを欠いた校長の一言だった。両親が拒んだため、最終的には生徒に「自ら命を絶った」と表現したが、校長は「ショックを受けた生徒が後追い自殺するのを防ぐためだった」と釈明している。
担任教諭が同級生から6月22日、男子生徒の机と椅子が交換されていたといじめの兆候ともとれる相談を受けていたにもかかわらず、男子生徒に確認せず、両親にも知らせていなかったことが判明した。その上、自殺直後、校長は複数の生徒から男子生徒が「虫」と呼ばれていたことを聞いたのに、調査内容がまとまるまで両親にいじめの事実を伝えていなかった。
高校は、回答者が特定されるのを防ぐという理由でアンケートを開示せず、読み上げるにとどめた。両親が教室の机に置いた男子生徒の遺影とユリの花を「生徒への配慮から」として無断で校長室に引き取った。
さらには、男性教諭が2年生の授業中、生徒からの質問に答える形で「遺族は全然理解してくれない」などと不適切な発言をしたことも発覚した。
ついには、校長と川西市教育長あてに脅迫めいた手紙まで届く事態に。手紙には「周辺に気を付けたほうがいい」などと書かれており、川西署が脅迫容疑で捜査している。
学校危機管理が専門の鳴門教育大大学院の阪根健二教授は、不確定な情報だったとしても、いじめについて調査していることを高校が両親に伝えるべきだったと指摘し、「真実を知りたい遺族に学校は真摯(しんし)に向き合うべきだ」と強調する。両親と信頼関係を築くためには、寄り添う姿勢を高校が示すことが必要と訴える。
■生徒に広がる動揺
「いろいろと考えてしまってつらい」「自分にもできることがあったのではないか」。不安を抱え、自責の念にさいなまれる生徒もいる。
高校によると、問題発覚後、2年生を中心に欠席者が増加し、担任に心身の不調を訴える生徒も目立つという。男性教諭は「とくに2年生は沈んだ様子で、授業中も反応がない」と打ち明ける。制服で高校が特定され、生徒が誹謗(ひぼう)中傷されるのを防ぐという理由で私服に切り替えた9月21日、1年の男子生徒(15)は「早く元の生活に戻りたい」と話した。
両親はアンケート結果などの開示を求め、県に情報公開を請求した。また、いじめの実態解明を求めて、川西市の第三者機関「市子どもの人権オンブズパーソン」に申立書を提出した。オンブズパーソンは今後、県教委に協力を求める構えだ。
高校は、従来の方針を転換し、アンケート結果については個人が特定されない形で文書にまとめ両親に提供するとともに、第三者委員会を設置する方針を示している。
「真実を知りたい。そうしないと息子が浮かばれない」。悲しみに暮れる両親の思いは届くのだろうか。