評判がよかった「なりすまし医師」 免許もないのになぜ…
産経新聞 2012年9月30日(日)18時31分配信
優しくて丁寧な先生は偽医者だった−。東京都板橋区の高島平中央総合病院で、偽医者の男が健康診断の問診などを行なっていた事件。警視庁生活環境課に医師法違反と詐欺などの容疑で逮捕された世田谷区に住む無職、黒木雅容疑者(43)は、長野県や神奈川県などの病院や医療系予備校でも“医師”の肩書を使って勤務していた。高度な医学の知識を必要とするはずの医師に、どうしてなりすますことができたのか。捜査関係者への取材などから事件を追った。(西尾美穂子)
■丁寧で優しく お年寄りに親切な「医者」
昨年、高島平中央総合病院の診察室では、近くに住む無職女性(72)が黒木容疑者から丁寧な問診を受けていた。
「大きい病院で再検査した方がいいですよ」
白内障の疑いがある女性の検査結果を見ながら、丁寧に説明する黒木容疑者。大きい声に、ゆっくりした口調で、病状を説明するため、お年寄りにもわかりやすかった。
「優しそうな雰囲気」
無職女性は、好感を抱いた。まさか、無資格の偽医者だとは思いもしなかった。黒木容疑者の指示に従って大型病院で治療を受けた。
今年9月に入り、黒木容疑者が偽医者だったことが発覚し、女性は驚いた。
「偽医者だったとは信じられない。とんでもない。目の状態は悪くなっていないけど…」
■アルバイトで塾講師 いつのまにか…
黒木容疑者はこれまでに神奈川県や埼玉県、長野県など1都4県の病院や企業で健康診断をしていた可能性が浮上している。受診者は、少なくとも1万8000人。今のところ、誤診などの被害は確認されていないという。
病院だけではない。さいたま市内の医療系の予備校でも、偽名を使って他人を装い講師として「看護師国家試験対策」の授業を担当していた。
偽医者となったきっかけは、学生時代にさかのぼる。警視庁によると、黒木容疑者は山口大学教育学部に入学した。中学生や高校生を教える学習塾で講師としてアルバイトをしながら学生生活を送っていたが、6年間通った後、大学を中退した。
「教育学部ということもあり、教えることに興味があったようだ。塾講師のアルバイトに夢中になりすぎて、大学を卒業できなかったようだ」
捜査関係者は話す。
中退した黒木容疑者は塾や予備校講師として生活を支え、結婚もし、子供もできた。公務員試験を受験する学生向けに数学などの一般教科を教えるようになった。そして、柔道整復師の専門学校にも通い、医学的な知識も取得。医療系予備校でも講師を務めるようになったという。
■独学で学んだ医療知識 疑いの目を向ける者もなく
黒木容疑者が専門学校で知識を学んだ柔道整復師は、骨接ぎなどで治療を行なうが、手術などはできない。医師とは異なる。しかし、黒木容疑者は、「自分は医師免許がある」と嘘をつくようになった。
「医学部看護学科を卒業」「医師免許所持」
さいたま市の医療系予備校の講師になる際、黒木容疑者は予備校側に、こう説明していた。
予備校講師は医師である必要はないことから、予備校側は医師免許証の提示など、厳密な身分確認をしなかった。黒木容疑者は予備校生からは「わかりやすい先生」と評判がよく、校内には黒木容疑者に疑いの目を向ける人はいなかった。
「独学で看護師としての知識を勉強した」。捜査関係者によると、黒木容疑者は警視庁の調べにこう供述している。さらに黒木容疑者は人材紹介会社にも医師として登録。病院でも働き、医師として健康診断の問診、採血、レントゲン、心電図の検査なども行うようになった。
■インターネットでばれたずさんなウソ
しかし、ウソはあっけなくばれる。
「○○大学医学部看護学科を卒業」「医師免許所持」
さいたま市の医療系予備校のインターネット上のホームページに掲載されていた黒木容疑者の略歴を見た人から「○○大学には看護学科はない」という声が寄せられたのだ。
予備校側が調べたところ、この大学は黒木容疑者が「卒業」したという当時、大学ではなく、短大だったことも判明。予備校側が今年2月末の契約更新の際に、履歴書の再提出を求めると、黒木容疑者は退職し、姿を消した。その後、予備校に「経歴は嘘だった」との告白メールを送ってきた。
黒木容疑者は、それでも病院には偽医者であることを明かさなかったが、予備校側から「経歴詐称の可能性がある」と情報が寄せられ、事実関係が発覚。警視庁も捜査に乗り出し、黒木容疑者は逮捕された。
■高額な報酬 世田谷の住宅で余裕の生活?
「生活費や子供の教育費を稼ぐためだった」
捜査関係者によると、黒木容疑者は医師になりすました理由をこう供述したという。逮捕容疑では、高島平中央総合病院に対して医師と偽ってだまし、平成22、23年の44日間の勤務で計約260万円の報酬を受け取っていたとされているが、別の病院では、少なくとも1100万円以上の報酬を受け取っていたことも確認されている。
黒木容疑者の医師資格を確認もせず採用する病院は少なくなかった。多くの人が受ける健康診断シーズンでは、都市部でも医者が不足する。健康診断だけの医師の「バイト料」は高く「3時間勤務で4万円」と掲げる病院もあった。
「医師」という肩書きを利用して、高額な報酬を得ていた黒木容疑者。世田谷区の住宅地で暮らすなど、余裕ある生活を送っていたようだ。ある業界関係者は「簡単に医師になりすませるのはおかしい。医師の身分確認をしっかりできるような制度にしないと、より大きな問題が起きる」と話した。