警察も調査委も議会も“先送り” 年を越す大津中2自殺「解明」

警察も調査委も議会も“先送り” 年を越す大津中2自殺「解明」
産経新聞 2012年12月24日(月)11時12分配信

 大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒=当時(13)=が自殺した問題は、事態の打開に向けたさまざまな取り組みが足踏みを続けている。いじめの事実解明を目指す第三者調査委員会は最終報告書の提出時期を当初目標の年内から1月中に延期した。市議会も、12月議会での成立を見込んでいたいじめ防止条例案の提出を来年以降に先送り。一方、滋賀県警も、いじめ行為をしたとされる生徒たちの犯罪事実の裏付けを進めている最中だが、立件の目標時期を「8月中」「命日(10月11日)」「年内」…とずらしている。全国の注目を浴びた問題だけに、解決に意気込みをみせた大津市だが、結果も成果も形にできないまま、年を越すことになる。

■年内はムリ

 「事実解明のためさらに聞き取り調査が必要だ」

 調査委の横山巌委員長はこう話し、報告書の提出時期を来年1月中に延期する理由を説明した。調査委は年内にも聞き取り調査を終え、年明けからは報告書の執筆を重点的に行う予定だ。

 そもそも調査委は、「市教委の調査は不十分だった」とする同市の越直美市長の主導で設置された。中立性を確保するため6人の委員のうち、教育評論家の尾木直樹法政大教授ら遺族側が推薦した3人を起用。目的は、いじめの事実解明▽自殺の原因考察▽学校や市教委の対応検証▽再発防止策の提言−で、最終報告書を越市長に提出することにしている。

 調査委はこれまで計10回の会合を開いてきたほか、委員同士でも集まったりメールをやりとりしたりして調査を進めている。各委員が、市や市教委の用意した資料を読み込み、事実関係を精査。これを基に、いじめを目撃したとみられる生徒や教諭らの聞き取りを進めている。

 さらにこれまでの調査で判明した部分について、分担して報告書の作成にあたる。当初は、年内の提出を目標にしていたが、今月になって来年への延期を決定。これは、いじめていたとされる同級生からの聞き取りを行うめどが立っていない上、いじめと自殺との関係や、学校と市教委の対応の問題点などについて、より慎重に検討する必要があるためとみられる。

■報告書頼みの大津市

 調査委の結果は、市の今後のさまざまな方針に反映される。

 まずは裁判。男子生徒の遺族は今年2月、いじめは自殺が原因だったとして、同級生3人とその保護者、市に約7720万円の損害賠償を求めて大津地裁に提訴している。市は5月の第1回口頭弁論で「市は自殺に過失責任はない」と全面的に争う姿勢をみせた。

 ところが7月、全校アンケートで記載があった「自殺の練習」などの回答を市教委が公表しなかったことや、学校の聞き取りが十分でないことがわかり、越市長は調査委を設け再調査した上で和解する意向を示した。

 同月の第2回口頭弁論で市側は「いじめと自殺の因果関係を今後認める可能性が高く、和解協議をしたい」と異例の陳述を行い、調査委の最終報告書を受け取り次第、答弁書の書き換えと和解協議を始める。

 次に、遺族への学校アンケートの開示基準。遺族は9月、アンケートを黒塗りの状態で公開したのは違法だとして、市を相手に別の訴訟を起こした。

 市側は第1回口頭弁論で責任を認め、越市長は「調査委の報告をみて、今後積極的に開示できるよう検討したい」とし、具体的な開示基準は調査委の結果を待つとした。

 さらには教育長人事にも影響を及ぼす。自殺当初から対応に当たってきた市教委の澤村憲次教育長は、今月24日で任期満了となるが、越市長は再任しないことを決めている。後任人事の決定は「報告書で市教委の問題を明らかにしてから」と、ここでも調査委の結果待ちを強調している。

 このほか越市長は報告書を基に、条例制定や教育委員会制度の問題点について、国に何らかの要望をするなど必要なアクションを起こすとしており、調査委の報告の遅れが市の実際の対策に「待った」をかけている状態となっている。

■被害者追い詰める条例?

 一方、市議会は、いじめの根絶に向けた取り組みを社会全体で進めるため、議員提案による「子どものいじめの防止に関する条例」を制定しようと、7月から議論を進めてきた。12月議会での制定、来年4月の施行を目指して専門家の意見を聞いたり、他市町村の事例を参考にしたりして9月には条例案をまとめた。順調な足取りにみえたが、条例案の内容が物議を醸す。

 条例案では、市、学校、保護者、子供、市民らの責務や役割が明記され、子供の役割として「いじめを発見した場合には、1人で悩まず家族、学校、友達などに相談する」との条文を盛り込んだ。これに、市民からの批判が相次いだ。

 議会側は、子供の役割について「子供がいじめを安心して訴えられるシステムづくりが不可欠と考え、盛り込んだ」と説明する。

 しかし、今年10月中旬から11月上旬にこの条例案についてパブリックコメントを募集したところ、121件と同市の条例案では例をみないほど多数の意見が寄せられ、その多くが「被害者を追い詰めてしまう」など子供の役割についての批判的な意見だった。

 また、議会から意見を求められた越市長も「子供にいじめの相談義務は課すべきでない」と批判した。

 これを受け、議会は条例案を再検討。議論を深める必要があるとして、12月議会での提案見送りを決めた。さらに今月上旬に開かれた会議で、「相談する」とした字句を「相談できる」に和らげた表現に変更する方針を固めた。

 議会関係者は「子供に責務を課すつもりはないが、表現が不十分で誤解を与えてしまった」と振り返り、年明け以降も子供の役割や保護者の責務とした部分の内容の検討を進める。

■先送りされる“Xデー”

 全国的に注目を浴びた大津いじめ問題。滋賀県警も対策に乗り出し、男子生徒が受けたとされるいじめ行為を精査した上で犯罪事実の裏付けを進めているが、こちらも捜査関係者によると書類送検の目標時期が「8月中」「命日(10月11日)」「年内」と徐々に先送りされているという。

 県警の捜査に対しては、調査委が捜査資料の提供などを要望しているほか、越市長が裁判で「送検内容を参考にしたい」との考えを示している。県警の福本茂伸本部長は9月の滋賀県議会代表質問で「捜査終了後、可能な限り教訓事項や問題意識の共有に努める」と答弁しており、一定の協力を図る方針だが、捜査が終わらないことには情報提供も据え置かれる。

 市は問題解決にむけ、早期に改善策を打ち出すことが期待されているが、その改善策の方針を決める土台も固まらないまま年末を迎える。任期満了を迎える澤村教育長が最後の12月議会で「即日、背景調査に取り組むべきだった」と謝罪したように、市職員らからは「もっと早くから対策を講じていれば…」という声も聞かれる。

 遺族側は、調査委や条例案、捜査の最終判断などの遅れを心配げに見守る一方、「せっかく真剣な取り組みが進んでいるところ。拙速になるくらいなら、時間がかかっても、全国の先例となるような結論を待ちたい」と期待も寄せる。

 あらゆる解決策が先送りされる中、越市長は12月の定例会見で「いじめ問題は来年も解決に向けて対応する」と語るしかなかった。

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