殺人翌日に入籍した25歳・元風俗嬢と元教授…面妖な歳の差婚の真相
産経新聞 2013年4月20日(土)12時5分配信
京都市南区のマンションで住人の男性(38)が刺殺されているのが見つかったバレンタインデーの2月14日、ひっそりと入籍した年の差カップルがいた。事件から2カ月足らず後に、京都府警に殺人容疑で逮捕された元大学教授の西川克己容疑者(55)と、妻の飲食店アルバイト、麻衣容疑者(25)。その差、30歳。「新婚さん」というにはあまりに不自然な2人と、殺された男性の間に何があったのか。2人が逮捕直後から全面否認を貫く中、事件の真相は多くの謎に包まれている。
■ウソだらけの経歴でも奇妙な「信頼」
克己容疑者は1、2年前、殺害された男性が経営していた京都の風俗店で客として、麻衣容疑者と知り合ったとみられる。
「なかなかの別嬪(べっぴん)さんだ」。逮捕された麻衣容疑者についてある捜査関係者はこう述べ、「(克己容疑者に)かなりの部分、だまされていたという見方もできるかもしれないな」ともつぶやいた。
克己容疑者は平成23年5月1日、会員制の交流サイト「フェイスブック」上で自分のページを開設しており、麻衣容疑者は「友達」の「友達」だった。麻衣容疑者とみられる人物が、友人と写った写真には今年1月、「お綺麗な三姉妹ですね」とコメントしている。
そこでは、昭和63年に東京大大学院を修了し、大学教授、大学院教授、総長職務代行を歴任した−などと自己紹介しているが、捜査の結果、経歴のほとんどは虚構だった。
逮捕時には、職業を「研究所研究員」と説明していた克己容疑者だが、その後の調べで、実は2月1日、障害者向けの就職支援情報収集会社に契約社員として採用され、契約期間は4月末までの3カ月だったことがわかった。「研究員」に実態がなかったことは、その後、克己容疑者自身も認めたという。
しかし、麻衣容疑者は、逮捕された後も克己容疑者の学歴や経歴を信じ、なお信頼を寄せるような素振りさえみせたという。
■FBでは「独身」「保守派」
克己容疑者が、ページを開設した時期は、麻衣容疑者と交際していたとみられる時期とほぼ重なる。
法律事務所勤務を経て大手家電メーカーに入社。会社から大学院に国内留学、大学院終了後、国連職員、ILO国際労働機関勤務を経て帰国、総理府(現、内閣府)へ−。
虚偽経歴の数々を臆面もなく披露し、「好きな言葉」として「涙を拭いて抱きしめ会えたら何処で誰かが待ってるはずさ!」と、80年代のヒット曲の歌詞を文字って書き込んだフェイスブック上の克己容疑者は、だますというより、50半ばの独り身の男が、ネットの向こう側の「誰か」を過剰に意識し、懸命に無理をしているようにみえなくもない。
ちなみに、ページ上の交際ステータスは「独身」、政治観は「保守派」だった。
一方、少なくとも克己容疑者は、フェイスブックのページを開設するより前に、掲載を依頼したとみられる講演会の講師紹介サイトではもう少し正直だ。
そこでは、「難しい社会保障や社会福祉の制度をわかりやすく、利用しやすく解説して歩く伝道師(社会科学博士)」とPRし、中央大法学部卒、埼玉、群馬の大学や大学院で教授を歴任したとしている。
そこにも怪しい経歴はあり、捜査関係者によると、教授として勤務していた大学を経歴詐称で解雇されたこともあったという。
ただ、少なくともいくつかの社会福祉関連の著述や中央大卒という学歴、群馬県内の社会福祉系大大学院で教授として勤務しているという経歴は事実とみられる。同大学院も「同姓同名の教授は平成23年3月末まで在籍していたのは事実」としている。
■「明確な殺意」
一方、2人が関与したとされる殺人事件は今年2月14日早朝に発覚した。「息子と連絡が取れない」と女性(63)からの連絡を受けたマンションの管理人が部屋に合鍵を使って入ったところ、住人の男性が、リビングのソファで仰向けの状態で倒れ、ソファの下にできた血だまりを見つけた。
男性の胸などには刺し傷が数カ所残され、司法解剖の結果、死亡推定時刻は13日午後、刃物で刺されたことによる失血死と判明した。凶器は、刃渡り20センチ以上の鋭利な刃物とみられ、刺し傷の一部は深さ20センチ、心臓に達していた。
明確な殺意を持って刺したとみられる犯人に対し、男性の遺体には抵抗した際に手や腕にできる傷は残っておらず、不意を襲われた可能性が高い。
男性は、市内の風俗店で従業員を送迎する仕事をしており、発見時は上下スーツにハーフコート姿の仕事着。遺体には布団がかけられていた。
男性の携帯電話の通話履歴に残された最後の記録は13日午後3時台、公衆電話から電話をかけてきた相手と通話した記録だった。
■バレンタイン入籍
ほどなく捜査線上に浮上したのは、男性が経営していた風俗店にかつて勤め、一時交際していた麻衣容疑者だった。
事件の約1年前の昨年2月9日、麻衣容疑者が「(殺害された男性から)脅迫や暴行を受けた」と、京都府警田辺署に相談していたことがわかったのだ。
捜査を進めると、麻衣容疑者が事件翌日に入籍した男がいたことが判明した。捜査員たちは、共犯の可能性がある30歳も年上の男の存在に俄然(がぜん)、色めきたった。
その後、捜査員たちは、2人が入籍後も克己容疑者は東京都豊島区、麻衣容疑者は京都府京田辺市の実家で別々に暮らし、麻衣容疑者が週末ごとに東京を訪れるという不自然な「通い婚」を続けていたことを確認している。捜査本部は4月5日、2人の逮捕に踏み切った。
捜査関係者によると、逮捕の決め手となったのは、殺害現場から検出された克己容疑者のDNAと、現場周辺の防犯カメラに写った画像だったという。
しかし、逮捕された2人はいずれも「身に覚えがない。何のことかわからない」と容疑を全面否認した。
「事件後、入念に口裏合わせをしたはずだ。いくら否認しても捜査は揺るがない」。捜査幹部はそう自信をのぞかせるが、殺人の動機はいまだに判然としていない。
■結婚の障害?
「(男性が)2人の結婚の障害になったことが殺害につながったのではないか」。ある捜査関係者はこんな見立てを示す。
男性は、麻衣容疑者とトラブルになった際、京田辺市の公営団地にある実家にまで押しかけ、大騒ぎを起こしていた。
昨年11月以降は、府警としてはトラブルを把握していないが、風俗店をやめ、その後は居酒屋でアルバイトをしていた麻衣容疑者が、相当の恐怖を感じていたことは想像に難くない。
しかし、だからといって30歳年上の男と結婚するために元交際相手を殺め、その後、捜査の手からも逃れ切れると、考えるものだろうか。
逮捕容疑が事実だとすれば、2人は男性を殺害した翌日にバレンタイン入籍をしている。果たしてどんな心境で、2人は「愛」を確認しあったのか。
別の捜査関係者は「2人の結婚が事件と関連があることは間違いないと思うが、はっきりとした動機が見えてこない」と首をかしげる。
■取調室の攻防
東京都豊島区の克己容疑者の自宅は、学習院大に近い都内の一等地に建つ築30年前後のマンションにある。
表札や郵便受けには「社会科学博士」「○○医療福祉研究センター」「株式会社◯◯」−などといった張り紙が細々と貼られているが、実態があるようにはとても見えない。
住民の1人は「いつも国産の高級車を乗り回し、遺産があって、羽振りがいいといううわさだった」というが、「持病で体調が悪く、歩くのも大変そうだった」という女性も。
同じマンションに住む別の男性は「顔を合わせればあいさつはするが、ルールを守らないことが多く、マンションのみんなからは敬遠されるタイプ。それでも殺人までやるようには見えなかった」と話した。
大学院を退職後、克己容疑者は、埼玉県内の社会福祉法人の理事長に収まったが、「金遣いが荒いためにトラブルになり、理事会で解任されたと聞いた」と法人関係者は話す。ばらまいた金の使途は分かっていない。
府警の取り調べに、克己容疑者は能弁に身の潔白を説明する一方、麻衣容疑者はあまり多くを語らないまま、いずれも「全面否認」を貫いているという。
事件や2人の結婚の真相はどこにあるのか、取調室での攻防が続いている。