殺人、その翌日結婚…「26歳元風俗嬢」と「56歳ニセ教授」の化かし合い

殺人、その翌日結婚…「26歳元風俗嬢」と「56歳ニセ教授」の化かし合い
産経新聞 2014年2月19日(水)12時0分配信

 「バレンタインの前の日しかないぜよ。どうする?」

 京都市南区のマンションで平成25年2月13日、住人の男性=当時(38)=が殺害された事件は、「東大大学院教授」を騙る50代後半の男が、風俗店で知り合った30歳年下の“花嫁”に送ったメールが殺人の決行日を決めた。「幸せな花嫁さん 愛しています」。事件前日にはそんなメールを送った男だが、花嫁に披露していた自身の肩書はすべてがデタラメだった。一方、両親へのあいさつやウエディングドレス姿での写真撮影も済ませ、事件翌日に入籍しながら、花嫁は法廷で「店のいい客だった」と恋愛感情を否定した。欺し欺され合った男と女。事件の真相はどこにあるのか。京都地裁は女に対し懲役11年(求刑懲役13年)を言い渡した。男の公判はこれからだ。

 ■人生かける価値ある女

 元交際相手の男性に対する殺人罪に問われたのは、元風俗店店員の無職、西川麻衣被告(26)だった。共犯として起訴された“夫”は、克己被告(56)。年の差30歳の新婚だった。

 法廷では、犯行前の数日間、克己被告が麻衣被告に送ったメールが読み上げられた。

 25年2月4日 「心を強く持って。僕の人生かける価値のある女なんだからね」

 同7日 「バレンタインの前の日しかないぜよ。どうする?」

 同11日 「みんなにも幸せな結婚する新婦、吹聴してね」

 そして事件前日の12日「幸せな花嫁さん 愛しています」

 「今日が最後の1日だからね 明日会おうね」

 「明日の着物は靴まで捨てる。新婦は真新しい着物に着替えます」

 それに対し、“花嫁”は、「生涯かけて旦那様を愛します」

 「あなたのそばにずっといます」。そんなメールを返していた。

 事件決行の翌日の14日、2人は入籍した。

 しかし、その後、起訴され、証言台に立った麻衣被告は「店のいい客だった」「結婚するつもりはなかった」と語り、克己被告への恋愛感情を否定した。

 ■信頼と恐怖の紙一重

 克己被告は、インターネットの交流サイト「フェイスブック」で、東京大大学院を修了し大学教授、大学院教授、総長職務代行を歴任した−と自己紹介し、麻衣被告にも「東大院教授」で「弁護士」などと自分の肩書を披瀝(ひれき)していたが、男である以外、そのすべてが嘘だった。

 実際には、逮捕時の職業は、障害者向けの就職支援情報収集会社に3カ月間採用された契約社員。ただ、中央大を卒業し、群馬県内の社会福祉系大大学院で教授として勤務していたことはあったらしい。

 法廷で弁護士から、「いつ嘘だと知ったか」と問われた麻衣被告は、「逮捕されてからです」と答え、その時の心境について「信頼から恐怖感に変わった」と告白した。

 ■熱海で練った犯行計画

 25年1月27、28日、日曜から月曜にかけて熱海に泊まった2人は、そこで男性の殺害計画を立てた。

 一人暮らしの男性の自宅で殺害すること、凶器には刃物を使うこと、現場まではレンタカーを借りて向かうこと…。そして28日、2人は東京・築地で包丁を買った。

 店員に怪しまれないよう出刃包丁と柳刃包丁の2本を購入したというが、手続きなどで痕跡を残しやすいレンタカーを使うこと自体、犯行計画としては稚拙(ちせつ)だった。

 「いつまで待たせるんだ、なんとかしろ」。事件の直接のきっかけは熱海旅行の約1週間前、克己被告の自宅でのそんなやりとりだったという。

 男性との電話をなかなか切れない麻衣被告に、克己被告は「僕の家で電話するな」と激高した。

 以前から男性に別れを切り出すものの、なかなか断ち切れずにいた麻衣被告は、「自分の力では解決できないが、待ってほしい」と懇願した。

 「そんな男、生きてる価値はない」

 克己被告の一言が意味を持った。

 ■奇妙な三角関係

 検察側の冒頭陳述などによると、麻衣被告は22年ごろから男性が経営する風俗店で働き始め、男性宅で同居も始めた。しばらくすると男性は麻衣被告に暴力を振るうようになり、稼いだ金も取り上げるようになった。

 克己被告とは23年ごろ、店の客として知り合った。麻衣被告を気に入った克己被告は、指名を繰り返すようになり、2人は同年の夏あたりから男性に隠れて交際をスタートさせた。

 1年近くこの奇妙な三角関係は続いたが、暴力や脅しに耐えかね、麻衣被告は24年初め、男性宅から京都府京田辺市の実家に逃げ帰った。

 男性は、その実家にも押しかけて「麻衣を出せ」と騒いだが、麻衣被告の両親が110番。両親や警察官が離れて見守る中で2人は話し合い、同居を解消した。事件発生の1年前、2月14日の出来事だった。

 そして、その年の10月、克己被告からのプロポーズを受けた麻衣被告は、両親へのあいさつやウエディングドレスを着て写真撮影をするなど、結婚に向けて準備を進めていく。しかし、男性との付き合いも完全には断ち切れなかった。

 法廷での審理を踏まえても、当時、麻衣被告の本心がどこにあったのか、2人の間に「愛」や「殺意」がどこまであったのか、定かではないようにみえた。

 判決は「日頃、男性から様々な要求をされた上、暴力を振るわれたり脅されたりしたこともあったため、被告人に同情すべき点は認められる」とした上で、「男性宅で寝泊まりすることを求められていた週2回程度以外は、実家などで生活することができていた上、居酒屋で働いたり、克己被告や他の男性と会ったりするなど、自らの判断で外出ができていた」と指摘。「弁護人が主張するほどの支配従属関係にあったとは考えられないし、家族や警察に相談するなど、他の手段をとることも十分可能であった」とした。

 ■バレンタインデー

 事件は、2人が入籍した25年2月14日に発覚した。

 「息子と連絡が取れない」と母親から連絡を受けたマンションの管理人が、男性の部屋に合鍵を使って入ったところ、血まみれになった男性がリビングのソファで仰向けの状態で倒れているのを見つけた。

 男性の胸などには刺し傷が数カ所あった。一部は深さ20センチもあり、心臓にまで達していた。明らかな殺意が推測できた。

 男性の携帯電話の通話記録や、殺害現場から検出された克己被告のDNA、現場周辺の防犯カメラに写った画像などから割り出した2人を府警が逮捕したのは、その2カ月後だ。

 麻衣被告の弁護側は最終弁論で「被告は男性から支配される一方、克己被告から殺害を迫られて犯行に及んだ」と述べ、「殺害の計画を立てたのも、実行したのも克己被告」とし、殺害への積極性はなかったと主張した。

 しかし、地裁は判決で「克己被告と結婚しようとしていた被告が、男性からの束縛を逃れるという自らの目的で本件犯行に及んだ」と判断。麻衣被告と克己被告が結婚するために男性の殺害を計画、工事関係者を装って訪問した克己被告が男性を包丁で刺殺したと認定した。

 そして、「犯行現場に男性を誘い込むなど重要な役割を果たした」と、麻衣被告の殺意も認め、懲役11年を言い渡した。麻衣被告は控訴せず、刑は確定した。

 互いに欺し欺され合いながら、殺人の共犯となった30歳の年の差カップル。今も婚姻関係は法律上続いたままだ。これから始まる公判で“夫”、克己被告は何を語るのだろうか。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする