自殺した17歳息子の遺影を公開した父の思い
東洋経済オンライン 2018/10/22(月) 14:40配信
「(息子の)遺書を読み上げたときは、複数の職員に涙を流しながら聞いていただいた。こちらの思いは受け止めてもらえたと感じています」
17歳の息子を自殺で亡くした父親は、声を震わせながら話した。
岩手県立不来方高校(紫波郡矢巾町)男子バレーボール部3年の新谷翼さん(当時17)が7月に自死した問題。
内容は、暴力・暴言によるスポーツ指導が根絶されず、自殺などの重大事態が続く理由の解明と再発阻止に向けた具体策を講じてほしいというもの。暴力根絶に向けた取り組みの全国調査の実施も求めた。
過去記事()でも報じたとおり、翼さんは「ミスをしたらいちばん怒られ、必要ない、使えないと言われました」などと、顧問から受けた暴言の詳細が記した遺書を残している。岩手県教育委員会が実施した調査でも、「おまえのせいで負けた」などとなじられていたことを一部生徒が証言している。
これらの事実から、父親である聡さんは、顧問の男性教師(41)による間違った指導が自死の原因だと主張している。一方、学校側や問題の男性教師はそれを認めていない。遺族は、教師らを提訴する準備を進めている。
面談に応じたのは、松木秀彰・児童生徒課生徒指導室長を含む文科省職員2人、スポーツ庁職員2人。「一般論ではあるが、スポーツや教育の現場でこのようなことはあってはならない」と言われたという。
■「翼くんが亡くなった案件は、第二の桜宮事件」
高校などの部活指導者のパワーハラスメントにより、生徒が命を絶つ「部活指導死」――。2012年12月に大阪市立桜宮高校バスケットボール部主将だった生徒(当時17)が顧問による暴力や理不尽な指導を苦に自死した事件を覚えている方もいるだろう。その後、スポーツ、教育界は2013年に体罰根絶を宣言している。
遺族の代理人を務める草場裕之弁護士は会見でこう述べた。
「新谷君が亡くなった案件は、第二の桜宮事件。ただ、体罰根絶の流れがあったにもかかわらず、この男性教師が暴力指導を継続していたこと、前任校の教え子に提訴され暴力行為があったと認定されたにもかかわらず指導を続けた。この2つの点において、桜宮以上に重大な事件だと考えています」
翼さんを指導していた問題の男性教師は、いわくつきの人物だった。
前任校である盛岡第一高等学校でバレー部の顧問をしていた際の教え子・バレー部員だった元生徒が、男性教諭から受けた暴力によりPTSDを発症。男性教師はこの元生徒に暴力行為を行っていたことを一部認め、現在も元生徒側は控訴している。
「昨年、盛岡一高裁判で、一部とはいえ暴力指導が認められた時点で、岩手県教委が男性教師を不来方高バレー部の顧問から外し再教育するなどの措置を講じていれば、翼君が命を落とすことはなかった」(草場弁護士)
ひいては、この教師自身のためにもなったはずだ。2つ目の問題を起こすリスクから免れることができたかもしれないのだから。
聡さんは会見で「冷たくなって紫色に変わってしまった息子と対面したときは、なぜこんなことをしたのかまったくわからなかった。数日経って、裁判で係争中だったことを初めて知り、そんな教師に自分の子どもを預けていたのかと愕然とした」と困惑した表情で話した。
■「部活ノート」廃止の不可解
男性教諭が問題を起こした盛岡一高と不来方高校、実はこの両案件を結ぶ出来事がある。
盛岡一高の元生徒が提訴した2016年は、翼さんは不来方高校の1年生。聡さんはちょうどその年、「1年生の途中で部活ノートが全員廃止になったと妻から聞いています」という。
運動部活をする高校生や中学生が「バレーノート」「サッカーノート」と名付ける部活ノート。その日の練習内容や、良かった点、悪かった点などを記入し、顧問に提出するという慣習は多くの学校にある。特に全国大会を目指すような強豪校はノートを活用している。そのため、遺族は翼さんから「ノートが廃止になった」と聞いて驚いたことを記憶している。
発端は、上級生部員が、教師に指導や態度をあらためてほしい旨を記して提出したからだったという。その記述内容に男性教師は腹を立てたようで、それ以来「ノートは書かなくていい」となった。
男性教師が訴えられている盛岡一高のパワハラ裁判は、刑事は2013年に、民事は2015年から開始し現在も係争中。
「あれ以上指摘した上級生とやり取りしてしまったら、自分のまずい指導の証拠にされると思ったのかもしれない」(聡さん)
訴えられているのに、新たにまずい指導が発覚すれば裁判にも不利になる。部活ノート廃止は、自身の「2つ目のパワハラ」を隠す意味も含まれていたのではないか。翼さんらバレー部員に対し、自分がパワハラ行為をしている自覚があったのかもしれない。
「2つ目のパワハラ」が発覚するケースは、ここ最近スポーツ界で続いている。
今年9月、のパワハラ行為によって現役引退に追い込まれた元部員がこれを告発した。脚を蹴るなどの暴力とともに、故障した選手に「障害者じゃないか」となじったり、「大学辞めろ」と人格を否定するような言葉を投げつけたという。事態を重く見た大学側が監督を解任したが、
■指導者サイドの「認識の甘さ」
報道によると、元監督にまったく反省した様子はなく、暴力を用いた指導が間違っているとの認識もなかったそうだ。
2012年に起きた桜宮高校バスケットボール部の生徒自死事件で懲戒免職になり、遺族が起こした民事裁判でも敗訴した顧問は、日体大の卒業生だ。そのこともあり、日体大は事件直後、いち早く暴力根絶宣言をしていた。
それにもかかわらず、桜宮後に発覚した部活顧問によるパワハラ問題では、この駅伝部問題以外でも、かかわった顧問が日本体育大学の卒業生だった案件は少なくない。
そうした状況下、明らかに時代錯誤で間違った認識の指導者を、日体大は駅伝部監督に招聘している。対外的には暴力根絶と言いながら、本音は暴力容認であったと疑われても仕方がない。
また、高校バレーにおけるパワハラ問題は、不来方高校だけではない。今月に入って別の男子バレー強豪校でも、「2つ目のパワハラ」が発覚している。松本国際高校(長野県松本市)の男子バレー部監督(62)が、部員への暴力を含めたパワハラを認め、解雇されたのだ。
元監督は、男子バレー部の初代監督であり、2011〜2017年度は校長を、今年度は名誉校長を務めていた。本来、教職員の生徒へのパワハラを指導すべき立場にありながら、自らハラスメントを続けていた過失は重いと言わざるをえない。
しかしながら、ここでも、指導者の「認識の甘さ」が許される環境が形成されている。
報道によると、松本国際高校の元監督と体罰を受けた部員とその保護者の間では和解が成立し、部員サイドは再びその解雇された元監督に指導を受けたいと望んでいるという。教職は外されたため、外部コーチの肩書で招きたい旨を学校側に願い出ている。
元監督は前任校で全国制覇の実績もあり、その指導手腕は高く評価されている。そのため、指導の場にパワハラがあろうとも、部員も保護者も指導を仰ぎたいのかもしれない。
こうしてパワハラ認定教師たちは、部活動界を去ることなく、業界に居座り続ける。そして再びパワハラ指導を行うリスクは決して低くない。
■なぜ、暴力は場所を変えて繰り返されるか
「パワハラ発覚→所属先(もしくは肩書)が変わって指導継続」が容認されているかぎり、場所を変えてパワハラが繰り返され、傷つく子どもを生むという連鎖は断ち切りにくい。
不来方高校でも、実は男性教師の指導者としての復帰を望む声は根強い。スポーツ庁や文科省は、指導者の再教育や責任追及以上に、保護者や選手のパワハラに対する意識向上に取り組むことが急務かもしれない。
さらに、不来方の案件では、岩手県教委のスポーツ指導におけるパワハラ意識の低さが露呈した。教育長は10日の県議会でこう発言している。
「(不来方高校バレー部は)強豪校なので、そういう指導は生徒の能力を開花させるためには普通のことだというような評価をしている生徒もいるし、保護者から現在も、部活に復帰してほしいという信頼を得ている面もある。ただ、一方で、それが客観的に証明できるのはなかなか難しいということで、第三者委員会を設置するとした」
これを聞いた草場弁護士は「能力を開花させるためにパワハラ指導が必要だということを証明するための第三者委ではない。パワハラ指導が原因で命が失われたかどうかを遺族は知りたいのでないか」と指摘する。
教育長の発言以外に、第三者委員会のメンバーの選抜に遺族の意向が加味されないことに遺族は「大きなショックを受けた」(草場弁護士)。そこから実名報道に切り替え、文科省での会見では報道陣に翼さんの遺影も公開した。
暴力根絶宣言から5年。
いまだに、「どんな指導がパワハラになるかは、選手側の気持ちの問題だから周囲の人間では判断できない」との意見も根強い。だが、いわば主従関係の下に置かれている選手らに、その判断を委ねてしまうのはあまりに酷だ。
多くは「ほかの選手は我慢しているのに」と自分の気持ちを押し殺す。翼さんのようにパワハラに抵抗感を抱いても「自分がダメな人間だからだ」と自己否定し、こころを壊す。そんなケースを筆者はたくさん見てきた。
17歳の死は、宣言しただけでは人の意識は変わらないことを教示してくれている。
島沢 優子 :フリーライター