小6女児が「暴行罪」バレー監督と闘い続ける訳

小6女児が「暴行罪」バレー監督と闘い続ける訳
東洋経済オンライン 2020/10/20(火) 5:41配信

 女児への暴力の疑いで起訴されていた大分県の強豪小学生女子バレーボールクラブで指導していたが10月19日、

 監督は町立小学校の教師で、発覚当初、県小学生バレーボール連盟(県小連)や、クラブの一部の保護者が隠蔽に走るなどしたため、耳目を集めた事件だ。

 監督は、このクラブで長年にわたり指導にあたってきた人物。2020年4月に同町教育委員会から訓告処分を、5月には上記の暴力を調査確認した県小連より永久追放処分を受けている。

 日本スポーツ協会と日本小学生バレーボール連盟に監督の暴力を告発した、当時同クラブで指導していたコーチは「それ(女児らへの平手打ち)以外にも、暴力やパワハラがあった。(監督は)公の場では体罰はダメと言いながら、体罰をし続けてきた。指導のなかで何度も見てきた。(罰金10万円の)処分は甘すぎる」と憤る。

■示談交渉を取りやめた理由

 被害女児の母親によると、今年6月の書類送検以来、示談を目指し監督サイドと話し合いを続けてきた。県小連の処分にのっとってバレー指導から離れるよう申し入れをしたが、指導停止期間を3年にすることや、示談金額のダウンを要求された。女児の両親は監督が反省していないと判断。女児本人も「許したくない」と言ったため、示談交渉を取りやめたという。

 「反省のかけらも感じられなかった。今も地元でバレーボールを続けている娘の未来を考え、示談をやめました」と母親は心境を吐露した。

 口さがない地元の人たちから「平手打ちたった一発で騒いで。親が悪いんだろう」と言われ、女児も家族も傷ついた。彼女はその後、PTSDを発症した。何が12歳のこころを壊したのか。

 このクラブでは、放課後の練習後に体育館で夕食を食べてから、時には22時前後まで小学生たちが練習していた。この「夜練」、周囲に漏れないよう廃校で行われていた。保護者のひとりは「監督は怒ると子どもの首根っこを掴んで、頭や頬を床に押し付けたりした。上級生の親からはもっと酷い体罰についても聞いている。指導を見ていても、ご自身が勝ちたいだけ、自分のプライドのために結果が欲しいのだと感じた」と話す。

 なぜなら、レギュラーがコートの半分で練習する場合、多くのチームは補欠の子たちを反対のコートでプレーさせる。だが、監督はそれをせず球拾いさせることが多かったという。

 被害女児はチーム一の長身で、小学5年生からバレーを始めたものの、6年生になってレギュラーチーム入りした。

 2019年の6月10日。夜練の途中で、監督が「気合が足らない」と怒鳴り始めた。被害女子を含む3人が「外で走ってこい」と出された。夜の20時前後、照明もなく雑草が膝まで伸びた廃校のグラウンドを10周ほど走らされたあと、「声が小さい」という理由で女児ともう一人が頭を叩かれた。かなり激しい平手打ちだったようで、女児はよろめいたそうだ。

 「見学していた他の保護者から連絡をもらって私が駆け付けた時は泣きやんでいましたが、すごくショックを受けた様子だった」(母親)

 大きい大会の前になると、保護者の見学を一部の親が立ちはだかって止めることもあった。密室練習に不穏な空気を感じた女児の母親が「大丈夫でしょうか?」と他の親に尋ねると「(監督は)最後のとどめは刺さないから大丈夫だよ」と言われた。そして、「目標は全国大会に行くことだからね」とささやかれた。

 「耳を疑いました。もしかしたら激しい暴力があるのではないかと思いましたが、多勢に無勢でなかなか踏み込めないでいたら娘のことが起きてしまった」

■ひとりの子が叫んだ「意外な一言」

 女児が叩かれた夜。母親が体育館に到着すると、レギュラーではない子どもたちが「大丈夫?」と慰め、女児は「叩かれちゃった」と言いながら泣いていた。

 すると、ひとりの子が目を見開いて叫んだ。

 「そんなこと、大きい声で言わないで! 誰かに聞かれたら、全国大会に行けなくなるでしょ!」

 こうした環境は、子どもたちの分断をも招いてしまうのだ。

 母親が翌日、電話で監督に「どういう気持ちで叩いたのか」と尋ねると、「声が出ていなかったからだ。気合を一回入れて、頑張ってほしいという気持ちだった」と答えた。二度と叩かないと約束はしたものの、一言も謝罪はなかった。

 その後、母と娘の本当の地獄は、そこから始まった。

 すぐさま臨時保護者会が開かれ、連盟等にリークした保護者の犯人探しが始まった。「県小連から調査が入るから」と、が配布された。

 「悪くすれば、先生が指導できなくなる。裏切りは許せません。このなかに絶対いると思っています」

 監督を支えるリーダー的存在の保護者が「一人ひとり、聞かせて」と言い、並んだ20人余りの保護者らは、端から順番に自分がリークしていないと宣言することになった。

 「うちの子は楽しく通っています。先生には感謝しています」

 「私は何もしていません。クラブには満足しています」

 女児の母親は「娘さんがたたかれたこと、だれかに言った?」「あなたでしょ?」と口々に責められた。

 「私は(監督に)意見しましたが、何も知りません」と事実を伝えた。

 「犯人が出ないので、OGを呼びました」

 ドアが開き、OGとその親、30人ほどが現れた。「どうして今更こんな話が出たのか」などと、親たちを責め立てた。名指しこそしなかったが「自分に対するものだと思った」(母親)。

 震える手で夫に電話しようとすると「何しよる? 携帯、置いて!」とにらまれた。犯人探しの保護者会は、4時間に及んだ。

■ついにPTSDと診断された娘

 この保護者会の後から、女児は体調を崩した。警察や町教委からのヒアリングを受けるたびに感情が乱れ、泣きじゃくった。心療内科でPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、自分が叩かれた日のことや、チームメイトが暴力を受けたことを思い出すと涙を流すという。

 「時間が経てば、事件は忘れられていく。でも、私たちは今でも苦しい。娘は(PTSDの)症状が残るし、私も保護者会で自分がつるし上げられている夢をまだみてしまう」と母親。起訴に持ち込んだものの「これからが本当の闘い。町を出て行く覚悟もしている」

 事情をよく知る他県の指導者は言う。

 「監督は昨年6月の平手打ちだけで、他(の暴力)はないと言い続けてきた。一度だけなら、いつか復帰できると考えたのだろう」

 自分が起訴されるなど、夢にも思わなかったのではないか。

 だが、母親が今年4月に被害届を出した際、警察は「以前も先生(監督)による暴力について親御さんから相談があった」と伝えている。積み重ねたものが綻びとなり、被害届の受理、起訴とつながったのかもしれない。

■今回の「起訴」の重大な意味合い

 体罰やスポーツ事故等、アスリート特有の問題を扱う弁護士の合田雄治郎さんは「少年スポーツにおける暴行の案件で、起訴になることは珍しい」と言う。

 「詳しい事情がわからないのではっきりしたことは言えないが、今回の起訴は意義があると思われる。2013年に(当時の日本体育協会などが「暴力行為根絶宣言」を採択し)スポーツ界、教育界ともに暴力根絶に舵を切ったが、指導者の暴力事案はなかなかなくならない。特に少年スポーツは根強いと感じている。たとえ平手打ち一発でも、刑法の暴行罪に該当する違法行為であることを、指導者はもっと認識すべきだ」

 日本スポーツ協会によると、同協会や多くの中央競技団体では、暴力をふるった指導者に対しライセンス資格に関わる処分はできるものの、資格に関わらない指導について制限することはできない。つまり、公式戦のベンチ等に入れなくても、資格に関わらない指導は可能になる。

 暴力等を行った指導者について、法的にすべての指導を制限できないこと。日本スポーツ協会の処分であれば再教育のプログラムがあるものの、それ以外だと口頭注意で終わってしまうこと。この二つが、今後の大きな課題だろう。

 起訴された翌6日、監督への取材を電話で試みたが「先生は今日はお休みです。取材はできません」と勤務する小学校の校長から断られた。校長は「体罰をしたのは昨年6月の一回だけ。それで行政処分を受け、教育委員会から口頭でも注意を受けている。私どもは終わったことという認識だ」と言う。被害女児がPTSDを発症したことは「知りません」と話した。

 その後、筆者は文書でも質問状を送付したが、監督の担当弁護士経由で「(監督は)取材に応じることはできません」という返答があり、残念ながらその胸の内を聞くことはできなかった。

 「自分のこころを崩壊させたことと、お母さんを泣かせたこと。その二つが許せない」

 そう話す女児の夢は「バレーの選手になって、(元日本代表の)大山加奈さんのように、体罰をなくす活動をしたい」そうだ。

 健気で立派だとは思う。だが、わずか13歳の子どもに背負わせる夢だろうか。スポーツにかかわる大人は、もっと本気で取り組むべきだ。

島沢 優子 :フリーライター

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  関係者によると、誓約書への署名が求められたのは、連盟に被害が訴えられた後の7月16日。保護者会は町内の公民館で開かれ、チームに所属する女児の保護者や、OGの保護者ら約40人が集まった。
 保護者会では、連盟に報告したのが誰か追及された後、男性保護者が▽指導者の批判はしない▽チーム内で起きたことを公言しない▽指導者、保護者らの行為について関係協会や団体に訴えない――などを約束する誓約書を配り、集まった保護者全員に署名を迫ったという。
 関係者によると、誓約書の存在は監督には伝えずに、一部の保護者が独自に作成。誓約が守られていないと、保護者会の半数以上が判断した場合は、子供を退部させることを受け入れ、異議を述べないなどとしたという。
 また保護者会では、情報を漏らしたと疑われた親が正座させられ、リーダー格の保護者に詰問されたという。保護者会は午後6時半に始まり、4時間に及んだ。ある保護者は「チーム内での監督の権力は強く、その力を背景にして、子供のことを第一に考えない親たちの姿勢に憤りを覚えた」と話す。
 誓約書を作った保護者は、毎日新聞の取材に「体罰についてチーム内で話し合っていないのに外に言うなんておかしいと思った。体罰と指導の違いは考えたことがない」と話した。

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