大津いじめ訴訟で認められた「自殺の危険性」 画期的判決の背景
毎日新聞 2021/4/22(木) 12:24配信
いじめは自殺につながる行為――。社会で当たり前とされてきたことを認める初めての司法判断が確定した。のはいじめが原因だとして、両親が元同級生らに損害賠償を求めた訴訟。最高裁が1月21日付で上告を退け、いじめと自殺の因果関係に加え、いじめの危険性を認めた2審・大阪高裁判決が維持された。画期的な判決を勝ち取った背景を探った。【小西雄介】
遺族側代理人の石田達也弁護士によると、これまでの同種訴訟では、いじめと自殺の因果関係が否定され、加害者や学校側は「自殺を予見できなかった」として法的責任を問えないケースが多かったという。
一般的に、いじめで子どもが自殺した場合、遺族は学校での出来事を直接確認できないため、学校が必要な調査や情報開示をしない限り、いじめを受けていたと証明するのは難しい。しかし、大津の事件では滋賀県警が学校と市教委を家宅捜索し、同級生ら300人以上の証言を集めた他、学校と別の場所に同じ大きさの教室や廊下を再現するなど、徹底した捜査で行為を裏付けた。
県警の聞き取りや市の第三者調査委員会の報告書などにより、男子生徒はいじめで、表情が暗くなったり泣いたりしていたことや、祖母と塾の友人に「死にたい」と打ち明けていたことが分かった。
遺族側はこうした証拠を基に、自殺との因果関係の立証に加え、いじめの危険性を司法に認めさせることに挑んだ。まず、いじめ被害者に共通する心理状態に着目。(1)いじめを受けると、孤立感や無価値感、希死念慮(死にたいと願う気持ち)を抱く(2)自殺する人は、共通してこうした心理状態に陥っている――との2段階の立証を試み、国内外の医学や心理学の論文、WHO(世界保健機関)の自殺に関するガイドラインなど計約50点を提出した。
加害者側が「自殺を予見できた」と証明するため、生徒が自殺するまでの約20年間に、いじめを受けて自殺したと報道された40件以上の事例を集め、「いじめが自殺につながることは、すでに社会一般に広く知られていた」と主張。更に、大津の事件を機に「いじめ防止対策推進法」が成立したのは、いじめの危険性が社会で広く認知され、立法の必要があったためだと訴えた。
高裁は遺族側の主張を全面的に採用し、いじめと自殺の因果関係を認めた上で、いじめによる自殺は「一般的に起こりうる」と結論づけた。今後の同種訴訟で、因果関係などを立証するハードルを下げる形になった。
高裁判決は自殺は本人の意思で、家庭も精神的に支えられなかったとして、賠償額を減額し計約4000万円とした。更に、大津市から支払われた和解金などを差し引き、計約400万円が相当と判断した。石田弁護士は「自殺は自らの意思ではなく、追い詰められた末の選択。その点は今後、社会で議論されるべきだ」と指摘した。
今後、いじめによる自殺や不登校を防ぐため、男子生徒の父親(55)はいじめ防止法を改正し、教員がいじめや子どもの心理への理解を深めるような制度作りを求めている。現在、いじめをしている子どもには「今すぐやめて謝って」と訴え、教員に対しては「放置せず、学校全体で子どもの命を守り抜いてほしい」と力を込めた。
◇心理的いじめも勝訴の可能性
大津の事件は激しい暴力を伴っていたが、近年はSNS上での仲間外れや誹謗(ひぼう)中傷、無視といった心理的ないじめも多い。この場合も自殺との因果関係が認められるのか、石田達也弁護士に聞いた。
石田弁護士は、今後の同種訴訟では、大阪高裁判決が認めた「いじめによる自殺は一般的に起こりうる」ことを前提に審理が進むとみる。原告側は仲間外れや中傷などの内容や頻度、期間などを基に、被害者に孤立感や無価値感、希死念慮を抱かせる危険な行為だったと立証できれば、自殺との因果関係などが認められ、勝訴する可能性が高まるという。
一方で被告側は、それぞれの行為は自殺に追い込むほどの危険性はなく、自殺は予見できなかったと具体的に立証する必要があるという。石田弁護士は「心理的ないじめでも、精神的に追い詰められれば人は自殺する。各事案により異なるが、今後は加害者や学校側の法的責任が認められやすくなるだろう」と語った。
◇相談窓口
・児童相談所虐待対応ダイヤル
189=年中無休、24時間。
・24時間子供SOSダイヤル
0120-0-78310=年中無休、24時間。
・子どもの人権110番
0120-007-110=平日午前8時半〜午後5時15分。
・チャイルドライン
0120-99-7777=午後4〜9時(対象は18歳まで)、12月29日〜1月3日は休み。
https://childline.or.jp/