旭川市14歳少女凍死事件で思い出す、北海道であった「もう一つの女子児童いじめ自殺事件」
滝川市いじめ自殺(2005年)の教訓はなぜ生かされなかったのか
「文春オンライン」渋井 哲也 2021/05/01
7年前から時が止まったままの子供部屋は、祭壇に供えられた白いユリの花が香っていた。北海道のほぼ中央に位置する滝川市。いじめを苦に自殺した小学6年の松木友音(ともね)さん=当時(12)=の大叔父、木幡幸雄さん(64)は遺影の前で声を絞り出した。
「学校で本当に何があったのか知りたい」
平成17年9月、友音さんは教室で首をつって自殺を図り、翌年の1月に亡くなった。修学旅行の班分けで仲間外れにされるなどのいじめがあり、教壇には家族や加害児童らへ宛てた7通の遺書が残されていた。
《悲しくて苦しくて、たえられませんでした。なので自殺を考えました》
自殺直後、市教委は「いじめはなかった」と発表。遺族へ十分な報告を行わなかった。「いじめを認めないマニュアルでもあるのではないか」。木幡さんは加害児童たちの家を訪ね、通学路に立って話を聞くなど自分で動くしかなかった。
遺族が市と国を訴えた裁判は22年に和解が成立した。「担当教諭らが注意深く観察し、情報共有していれば、いじめを認識できたはずで、自殺を防げた可能性が十分ある」。和解内容は学校側の責任を認めることや第三者調査機関の設置など再発防止策が盛り込まれた画期的なものだった。
◆「学校と対等」
当時、市教育長代理だった小田真人教育長(56)は「当時の教委には隠蔽(いんぺい)と呼ばれても仕方のない判断があった」と振り返る。ただ、調査内容をすべて明らかにすることについては、「いじめた児童がいじめられる可能性もあり、遺族の心情と、行政の枠組みの限界も感じている」とも語る。
文部科学省は23年6月、自殺が起きた際には速やかに背景調査を行うよう全国に通知したが、調査内容の安易な公表は避けるべきだと付言した。「臆測や作為が含まれている可能性があるため」としている。
いじめで自殺した子供の遺族らでつくるNPO「ジェントルハートプロジェクト」(川崎市)理事の武田さち子さん(54)は「学校や教委が判断した情報しか与えられないことが遺族の不信感を増幅させてきた。遺族は学校と対等な立場で同じ情報を得て調査すべきだ」と訴える。
今月17日、東京都品川区教委は9月にいじめを受けていた中1男子が自殺した問題で、調査対策委員会の委員に遺族を加えることを明らかにした。「調査の客観性、透明性を担保するため」といい、新たな取り組みとして注目される。
◆前に進めず
《第2、第3の自殺者を出さないためにも、子供たちの様子に目を配り、大人の視点だけで状況を判断せずに、子供の立場に立って訴えに耳を傾けて下さい》
全国で相次ぐいじめ自殺を受け、滝川市教委は9月、市内の小中学校に、木幡さんら遺族が思いをつづった文章を再び配った。和解直後、再発防止を約束して配られたものだ。
友音さんの自殺後、市教委は、速やかな対応をまとめた「いじめ指導マニュアル」を作り、生徒指導の担当教諭を月1回集めて事例を検証する研修会を開くほか、年2回のアンケートを行い、いじめの早期発見に取り組んでいる。
一方、友音さんの担任だった40代の男性教諭は裁判では「覚えていない」と繰り返し、責任を認めなかった。教諭は現在も道内の小学校で教壇に立ち続けているが、木幡さんが面会を求めても拒否するという。「学校で何があったのか。一生かかっても、命の続く限り知りたいと思うでしょう」。和解しても、前に進めない遺族がいる。
【用語解説】松木友音さん事件
平成17年9月9日、北海道滝川市の小学6年、松木友音さん=当時(12)=が、同級生に避けられるなどのいじめを苦に自殺。市教委は「いじめはなかった」と発表したが、1年1カ月後の18年10月、一転していじめがあったと認めた。対応の不手際の責任を問われ、教育長が辞任したほか、市教委幹部2人が停職、校長が減給、教頭と担任も訓告処分とされた。
話が少しそれるが、平成17年、北海道滝川市の小学校でいじめ自殺が起きたさい、学校や教育委員会の対応が批判を浴びたのを覚えているだろうか。教委や学校長が対応を誤り、積極的な原因究明に取り組まなかった−として処分を受けた。確かに学校も教育委員会も対応はひどかった。教育現場の隠蔽(いんぺい)体質を象徴する光景に目を覆うばかりだった。しかし、私が気になったのは、教師と学校、教委との風通しの悪さがどこからくるのか−という点だった。
滝川の事件ではこの風通しの悪さがどこからもたらされたのかという視点にたっての話は、あまり耳にしなかったように思う。
教委や学校の事なかれ主義の体質も否定はしない。沈静化を願うあまり、不祥事や事故、スキャンダルを過小評価したり、矮小(わいしょう)化した判断で済ませてしまい後で批判を浴びる場面も多々あったのは確かだ。だが、見逃してならないのは、こうした隠蔽体質や風通しの悪さを招く一因に組合による学校支配が背景として横たわっている点だ。教師や管理職の根深い対立で職場環境が閉塞(へいそく)している場合が案外多く、それは見逃されているのである。
既得権を守る意味でも組合が行政や校長の動きに逐一監視の目を光らせる風土が北海道では特に根強い。もし、組合の利害に反する不本意な情報を校長が教育委員会に報告しているのであれば、校長は追いつめられ、突き上げられることになりがちだ。長年に渡る突き上げの繰り返しで、学校長は気兼ねしてはじめから何もいえず、当たり障りのない対応に終始している−という学校も多い。これでは、ほとんど正常な学校運営など期待できないし、まして学校が一丸となった取り組みなど期待できないだろう。
北海道ではいじめの事件を契機に道教委がいじめの実態の調査を実施しようとしたら、北教組が敏感に反応。調査に協力しないよう指導していた。教委や校長が批判を浴びて窮地に立たされる場面では批判する側に立つが、いざ学校の舞台裏をつまびらかにさせられそうな場面になると、たちまち、教組は「教委の調査は教育現場の管理強化をねらったもので反対だ」などと調査の不当性を言い出す始末なのだ。