米国の大学スポーツの闇 名門校で起きた「替え玉受験と賄賂」不正入学のからくりとは

米国の大学スポーツの闇 名門校で起きた「替え玉受験と賄賂」不正入学のからくりとは
THE ANSWER 2021/6/26(土) 11:33配信

連載「Sports From USA」―今回は「大学スポーツの不正入学の実態」

今回のテーマは「大学スポーツの不正入学の実態」(写真はイメージです)【写真:Getty Images】
「THE ANSWER」がお届けする、在米スポーツジャーナリスト・谷口輝世子氏の連載「Sports From USA」。米国ならではのスポーツ文化を紹介し、日本のスポーツの未来を考える上で新たな視点を探る。今回は「大学スポーツの不正入学の実態」。

 ◇ ◇ ◇

 2019年3月、米国で名門大学を舞台にした不正入学が明るみになった。
 
 この事件は捜査当局から「オペレーション・バーシティー・ブルース」と名づけられ、不正入学を仲介した主犯者や、保護者ら50人以上が訴追される一大スキャンダルとなった。この春、ネットフリックスが「オペレーション・バーシティー・ブルース」というタイトルで映像化した。事件の概要はすでに繰り返し報道されているが、この映像は、捜査当局が抑えている実際の会話の再現ドラマと関係者の証言で構成されており、興味のある方にはおすすめのドキュメントだ。

 米国では、富裕層の保護者が、大学に大金を寄付することで、子どもの合格をアシストしようとすることは違法ではない。これは、賄賂ではないから、確実に合格を勝ち取れる方法ではなく、もしかしたら、入学選考で配慮されるかもしれないという話のようだ。筆者も「母校の名門大学にミリオン(億円)単位の寄付をしたが、息子さんは合格できなかったらしい」という噂話は聞いたことがある。

 しかし、このスキャンダルの主犯であるリック・シンガーは、お金を積んで確実に名門大学入学を勝ち取る術を知っていた。その手口は、2つの手法を組み合わせたものである。大学入学に必要な学力試験「SAT」や「ACT」の替え玉受験と、大学運動部コーチに賄賂をおくり、一般生徒をアスリートと偽って運動部の推薦枠をもらうことだ。

 これは、米国の大学選考の闇を反映した事件と言われるが、米国の大学スポーツの闇であるとも言えるだろう。

 大学入学者を学力で選抜するシステムの国ならば、替え玉受験による不正は、その多くが一度は経験している。しかし、優れたアスリートと偽って名門大学の入学を不正に勝ち取るというのは、大学スポーツが盛んなアメリカならでは、という気がしないでもない。

選手ではなくお金だけがコーチの手元に残る不正入学のからくり
 では、そのからくりを見てみよう。

 シンガーは、もともと高校のバスケットボールのコーチをしており、高校生選手を大学に推薦して、送り込む方法を知っており、これを悪用したのだ。

 悪事がバレてはいけない。アメリカンフットボール部や男子バスケットボール部のようなテレビ中継があり、常にマスコミで取り上げられる花形種目は避けた。そして、マスコミからの注目は低いが、多くの選手を登録する種目に目をつけた。大学の水球部、ボート部、テニス部などであったようだ。

 不正入学した子どもたちはこれらの競技種目の経験は全くないが、運動部のコーチに賄賂を渡し、リクルート選手枠を割り当ててもらうことで入学を確実にする。

 米国の大学運動部には「ウォーク・オン」という言葉がある。これは、入学にあたって大学運動部からリクルートされず、奨学金の授与を受けていない学生選手のことを指す。この不正事件では、高校生を運動部に必要な生徒としてリクルートするが、奨学金は与えないという説明をしてリクルート枠を割り当てていたようだ。

 コーチは大学の入学者を選考する担当者に、リクルート枠の生徒についての書類を提出し、合格を確実なものにするよう操作した。このスキャンダルでは、運動部と入学者選考の担当者をつなぐ大学の職員も罪を犯した。
 
 書類には学校での成績、学力試験の点数に、運動部選手としての結果などが記載されている。ドキュメント映画の「オペレーション・バーシティー・ブルース」では、優秀な選手と偽るために競技の写真を合成するシーンを映し出し、不正の手法を象徴的に描いている。

 不正入学した生徒はその競技の経験はないのだから、入学しても運動部には入部しない。選手ではなく、お金だけがコーチの手元に残る。

不正入学の背景に「運動部コーチの弱みと超富裕層の親の強欲」
 では、なぜ、大学の運動部のコーチが賄賂を受け取って、不正入学に手を貸したのか。

「オペレーション・バーシティー・ブルース」では、有罪判決を受けたスタンフォード大セーリング部の元コーチが証言者として登場している。この元コーチは、渡された賄賂を全てセーリング部のために使っていた。大学から資金を集めるようにというプレッシャーを受けていたことを明かした。

 資金集めの苦労していたのはスタンフォード大学のこのコーチだけではないようだ。このスキャンダル事件の背景について、2019年3月19日付のニューヨーク・タイムズ電子版はこのように伝えている。

「例えば、アイビーリーグでは、ほとんどのコーチが大学から割り当てられるお金と、競技を成功させるために必要なお金のギャップを埋めるための資金の調達を担当している。選手の家族が寄付金額の筆頭者となることがあり、チーム構成を決めるときには、不愉快な決断につながることがある」

 資金集めに奔走しなければいけない運動部のコーチの弱みと、名門大学にこだわる超富裕層の親の強欲を、シンガーは巧妙に突いた。

 もともとアメリカの大学は寄付を集め、よいトレーニング施設、強い運動部を作り、そのことによってトップ高校生をリクルートして、さらに強いチームを作る。そして、大学卒業者に愛校心を持ってもらい、さらに寄付につなげるという循環がある。

 そして、米国の大学スポーツは、アメリカンフットボール部やバスケットボール部が放送権や入場券収入を得て、他の運動部に分配し、寄付を募り、プロ顔負けの施設を作り、すばらしい環境でプレーできると宣伝されている。しかし、それらを手放しで称賛するのは、表の顔だけを見て話をしているだけなのかもしれない。

谷口 輝世子
 デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情を深く取材。近著に『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのか――米国発スポーツ・ペアレンティングのすすめ』(生活書院)ほか、『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)。分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。

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