第三者委認定を市が否認 異例の展開、15日に判決 川口いじめ訴訟
毎日新聞 2021/12/12(日) 10:43配信
埼玉県川口市立中学校に通っていた元男子生徒(19)が、サッカー部員のいじめや顧問教諭の体罰で不登校になったのは学校や市教育委員会が適切な対応を取らなかったためとして、市に550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が15日、さいたま地裁で言い渡される。提訴から3年6カ月。市教委が設置した第三者調査委員会の「不登校の主因はいじめ」とする認定を法廷で市側が否認するという異例な展開の裁判に、司法はどのような判断を下すのか注目される。【鈴木篤志】
◇「なぜこんなに時間が」
裁判は異様な光景から始まった。2018年9月の第1回口頭弁論。市側の弁護士が突然立ち上がり「(元生徒の)卒業証書を持ってきた。渡したいがどうしますか」と発言した。「法廷で卒業証書とはあまりに非常識ではないか」。市側の態度に元生徒側は怒りをあらわにした。
市教委は同年3月、いじめを認定した第三者委の報告書を受けて記者会見し、元生徒の母親に謝罪して市教委と学校の判断の甘さを全面的に認めていた。ところがこの弁論で、市側はいじめの具体的な事実の説明と立証を元生徒側に求め、対決姿勢を鮮明にした。
いじめ防止対策推進法に基づいて教育現場はどう対応したのか。それこそが焦点になるはずだったが、市側は「法律でのいじめの有無と、自治体相手の損害賠償でのいじめの有無は異なる」などとし、いじめの存在を否認した。「いじめ防止法には欠陥がある」とまで主張し、「いじめ被害の申告に組織的な対応を一切しなかった」とする元生徒側の主張と全くかみ合わず、裁判は混乱を続けた。
◇第三者委が認定
元生徒が不登校になったのは2年生の16年5月。前年に入部したサッカー部員からの暴力やいじめ、顧問教諭の体罰が原因だった。同年9月には自傷行為に及んだため母親は市教委に改善策を要望した。状況を知った県教育委員会や文部科学省までもが市教委に対し再三「重大事態にあたる」と指摘した。
市教委がようやく重大事態と認定して第三者委を設置したのが17年2月。第三者委は1年間の調査で、いじめが「不登校の主たる要因」と認定したが、市教委の対応の遅れと不手際は明白だった。さらに対応のまずさが露呈する。市教委は会見で元生徒本人への直接謝罪と、卒業後のフォローを約束したが履行されなかった。市の責任を追及するため18年6月、元生徒側は提訴に踏み切った。
元生徒は自傷行為から再び不登校を繰り返し、卒業式に出席することはなかった。卒業証書は学校の金庫の中に保管されたままだったという。
◇「体罰」は励まし
21年4月の第10回口頭弁論で、市側は2人の証人を申請した。当時第三者委の事務局を担当していた市教委職員は、第三者委の報告書について「納得しない母親から何度も指摘を受け、最終報告は中間報告から内容が変わった」と証言した。報告書の信用性を覆す発言に元生徒側は色めき立ち、母親は「最終報告が出るまで1回しか報告書を見せてもらっていない」と否定。一方、職員は学校からのいじめ報告や市教委の認識には「記憶にない」「判断する立場にない」と繰り返した。
もう1人の証人は顧問教諭。元生徒に体罰を行ったとして市教委が文書訓告処分にしていたが、市側は教諭の行為を「身体的接触による励まし」だったとし、市教委が認めた体罰そのものを否定した。教諭は裁判長の求めに、げんこつで頭をたたいたり耳を引っ張っぱるなどの場面を法廷で再現し、「本人から体罰の訴えはなかった」と主張した。
2人の証言は、「いじめはなかった」とする市側の論拠の支えになったかどうかは分からない。ただ、この裁判を象徴する発言だったことは確かだろう。
◇認識のずれ露呈
元生徒の母親の森田志歩さんは、20年にいじめ問題に取り組む市民団体を設立したのを契機に実名を公表した。判決を前に取材に応じ、「なぜこんなに時間がかかったのか。第三者委が認定し、会見で謝罪もしながら、裁判では論点をずらして教育機関とは思えない主張を続けた。驚いたと言うしかない」と語った。
今回の裁判とは別に、元生徒が自身のいじめに関する文書開示を求めた訴訟では、さいたま地裁は開示手続きの一部に不備があるとして、市の違法性を認めた。だが、市は「大筋で主張が認められた」とし、認識のずれを浮き彫りにしている。
元生徒は今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいるという。森田さんは「市教委は本来、子どもに寄り添う立場。それなのに傷つけ、苦しめることはあってはならない。息子は直接謝罪するという言葉を信じて、今も待っている」と話した。
◇いじめ防止対策推進法
学校側がいじめの隠蔽(いんぺい)や責任逃れをした大津市中2自殺事件を契機に、2013年に施行された。重大事態を「心身、財産に重大な被害が生じた疑いがある時や、いじめで相当期間に学校を欠席することを余儀なくされた疑いがあること」と定義。学校が講ずべき基本施策として、早期発見のための措置や相談体制の整備などが明確化されている。