いじめの加害者が「10年の拘禁刑」に処されるようになったフランスで、今後大人に求められる対応とは
クーリエ・ジャポン 2022/4/20(水) 11:30配信
フランスで、学校でのいじめを「犯罪」とする新法が3月2日より施行される。被害者の自殺・自殺未遂があった場合、加害者には最大で10年の拘禁刑が科される可能性がある。フランスの法学博士・弁護士が、新法制定の成果と今後の課題を仏紙「フィガロ」で解説した。
ネットいじめの深刻さを認めない当局
学校でのいじめはいまに始まった問題ではなく、被害者の数も何百万人といる。数字を見ると頭がクラクラするほどだ。
フランスでは毎年、約10人に1人の子供が学校でいじめの被害に遭っているというのだ。学校に通う児童・生徒の数が1200万人だとすれば、いじめの被害者は100万人を超す計算になる。もちろんこれはフランスに限られた話ではない。ユネスコによれば、学校でいじめられた経験がある児童・生徒は世界全体で30%を超えるという。
フランスの行政法の判例を見ると、公立学校でいじめられた子供が自殺した場合、教職員がいじめの事実を知っていたならば、学校が有罪となりうる(行政裁判所2017年1月26日)。だが、いまだに生徒をいじめから保護することに本腰を入れる公立学校は少ない。
現代社会でSNSが普及するとともに、いままでになかった犯罪が発生したり、前々からあった犯罪が凶悪化したりしている。学校でのいじめは、まさにそれと関係がある。多くの場合、学校でのいじめは「ネットいじめ」の形をとるからだ。学校という環境で特定の人を標的にした嫌がらせが、ネット上のリンチに発展するときもある。
ところが当局は、この問題の重大さに気づけていない。それどころか、事態を適切に把握できず、「ネットいじめ」を子供の間ではよくあることだと言って、ことの重大性を認めたがらない事例も少なくない。
裁判所がハラスメント(嫌がらせ)の案件を扱うことに慣れていないわけではない。交際を断られた男性が、交際を断った女性の自宅の前に何時間も自動車を停める、といった類の話は裁判所では日常茶飯事だ。雇用主という立場を利用して不適切な行為に及ぶ人への処罰にも慣れている。
だが、ツイッターやTikTokで、人を死に追い込むような脅迫や嘲笑のメッセージを送る人(年齢がかなり低い場合も珍しくない)には、まだ慣れているとはいえないのが実情だ。昨今はいじめの手法が昔とは変わってきている。匿名の悪口のメッセージは、ドアの下からすっと入れられるのではなく、インスタグラムで送られてくるのだ。
いじめは多くの場合、小学校から始まる。実際、いじめの被害に遭う小学生は全体の12%だ。これが中学生になると10%、高校生になると4%になる。深刻なのは、いじめられた児童・生徒の61%が自殺を考えたことがあると回答していることだ。
近年、フランスでは学校での凄惨ないじめの事件がマスコミで大きく報じられており、立法による対策が求められてきた。
2013年には13歳の子どもが、2021年には12歳の子どもが自殺し、これらの事件は大きく報じられた。それでも2021年には同様の事件が20件ほどもあった。
先月施行となった学校のいじめに関する「2022年3月2日の法律」は立法府がついに出した回答といえる。
加害者は最低で3年の禁固刑に
これまでハラスメントはフランス刑法典第222-33-2-2条によって罰されてきた。ネットいじめは「加重情状(刑を重くする事情)」になっていたとはいえ、基本的にはモラル・ハラスメントという大まかな括りで把握されてきたのだ。
要するに、学校でのいじめに特化した法律はなかったわけである。しかし法的な観点から見ても、教育的な観点から見ても、学校でのいじめに特化したハラスメントの定義や刑罰を定めることが求められていた。先月施行となった新法はそれを成し遂げたといえる。
新法では、生徒と関わりを持つ教職員全員がいじめ防止研修プログラムを受けることになっている。これに加えて重要なのが、被害者が裁判所や警察署に行く際、教職員が同行するよう指導されるようになったことだ。これは必要な措置である。
なぜなら被害者の生徒が警察署に行ったのに、告訴の手続きをとってもらえず、単に警察の記録簿に申し立てを記されておしまいになってしまうことが多々起きているからだ。
(警察の記録簿は事実の把握をするだけのものであり、起訴のためのものではない。本来ならば警察のこのような対応は禁止されている)
また、現場の裁判所事務官が、自分のところに来た案件の重大性を把握できていないことも多々ある。ただの子供のケンカだと思い込んだり、SNS上の話は実世界の人生にとって瑣末なことだと考えたりする人も多いのだ。「そのうち終わりますよ」といった言葉を聞かされる被害者も少なくない。
いじめ防止措置は現場でも実施される。公立学校のサポート体制が拡充されるのだ。もっとも、学校のサポート体制の拡充は本来ならば、問題を抱えた生徒の支援のために、すでに実施されているはずのものだった。
「2022年3月2日の法律」の核心は、学校で生徒や教職員にハラスメントをすることが、新たに個別の犯罪として定められたことだ。モラル・ハラスメントやネットいじめのこれまでの定義は変わらないが、ハラスメントの概念が学校という領域に結びつけられたことになる。
新法を見ると、学校でのいじめには厳罰化で対処する意志が明確に示されている。学業不能期間も考慮して、学校でのいじめに対応した刑罰も新たに定められた。被害者の自殺・自殺未遂があった場合は3〜10年の拘禁刑。被害者や加害者が当該学校に在籍中かどうかは問わない。罰金は4万5000〜15万ユーロ(約620万〜2000万円)に定められた。
はっきりと厳しい刑罰を定めたのは、学校でのいじめを抑止しようとする狙いがあるからだろう。とはいえ、この厳罰が、昨年9月30日に施行されたばかりの新しい少年刑事司法法典とはたして両立できるのか。そこは不明点が残っている。
新しい少年刑事司法法典の特徴は、未成年者の社会復帰の機会を奪わないために教育的な働きかけを重視し、厳罰はきわめて例外的な事例に限って科すことになっているところだ。学校でのいじめに対して拘禁刑10年は文面としては強烈だが、いじめを抑止する力は、この少年刑事司法法典によって部分的に弱められているといっていい。加えて新法では、告訴以外の選択肢として感化教育プログラムも定めている。
要は新法によって学校でのいじめは犯罪となったが、法律がどのように運用されるかは未知の部分が多いのだ。裁判官が公正な刑罰を科すことができれば、学校もインターネットも決して無法地帯ではないことを示せるに違いない。