「私は性善説を信じて生きてきました。でも…」 一本の電話で失った1億5千万円とアメリカでの余生 台湾系米国人の悲劇撮った「ジェリーの災難」

一本の電話で失った大金、およそ1億5千万円。 『ジェリーの災難』(3月20日全国公開)は、69歳の独居老人ジェリー・シューさんが特殊詐欺被害で全財産を失った顛末を描く。しかも御本人の脚本&主演で。プロデューサーも実の息子という、まさに異色の実録映画だ。 ■中国当局を批判した!? 祖国・台湾からアメリカンドリームを夢見て、1970年代半ばに渡米したジェリーさん。定年になるまでの約40年間システムエンジニアとして真面目に働き、3人の子宝にも恵まれた。妻との熟年離婚というハプニングもあったが、家族の関係は至って良好。残りの人生はゆったりとアメリカで過ごすつもりだった。 あの電話がかかって来るまでは。 見知らぬ番号からの着信にジェリーさんが応じると、電話口の相手は冷静沈着な態度でこう告げた。「あなたが中国当局を批判した内容の通話をしていると上海公安局より報告あり。つきましては2時間以内に電話を止める。異議があるならば至急連絡されたし」 ジェリーさんはその瞬間の衝撃を今も忘れることが出来ない。 「いきなり『強制的に電話を止める』と言われた時の恐怖たるや。携帯電話とはすべての人の繋がりと直結しているわけですから、それを絶たれたら孤立無援状態という感じです。それはなんとしてでも避けたいと思ってしまって、相手の言う通りに動いてしまいました」 電話口の相手から教えられた番号に電話すると、さらなるショックがジェリーさんを襲う。上海公安局を名乗る男は、ジェリーさんに詐欺と資金洗浄事件の容疑がかけられていると言うではないか。 電話口の男はジェリーさんの住所と社会保険番号を読み上げ、上海公安局の身分証や逮捕状の画像を次々と送りつけてきた。「嫌疑を晴らしたいのならば我々に協力して欲しい」。その申し出をジェリーさんは受け入れてしまう。 ■大切なのは疑うこと 当時の思考回路についてジェリーさんは「私としては何としてでもこの事態を防がなければと、そのことだけで頭がいっぱい。あれよあれよという間に抜け出せなくなっていました。その段階で私の中の常識的なバランスは崩されていたのでしょう」と振り返る。 ジェリーさんがその後どのように操られ、全財産を失うことになったのか?それは映画で確かめていただきたいのだが、「マジ!?」の連続であることは間違いない。 かくいうジェリーさんも、当事者になるまではまるで他人事だった。「詐欺に引っかかって大金を失ったという話は耳にタコができるくらい昔から聞いてきました。そんな話を聞くたびに『はあ?どうして?バカなの?』と思っていました。それがまさか自分が…です」 初期の認知症や孤独。騙されやすくなってしまった複数の要素がジェリーさんにあったとはいえ、詐欺集団のやり口も年々巧妙になっているのも事実だ。 「詐欺師連中は悔しいかな、心理操作が巧みです。きっと何十回も試行錯誤を繰り返して騙しの手口を洗練させているのでしょう。緊急事態だ、急げ、すぐに送金しろ!などと急かされるような話になったら用心してください。旨味のある話も同様です。指示に従う前に立ち止まり、じっくりと検討してください。疑うことが大切です」 ■奪われた大金以上のもの そして本作製作の意義を説明する。 「この作品は、ある種の警鐘映画になっています。詐欺師たちの冷血かつ非道な手口を知ることが出来るし、このような形で詐欺師にお金を盗み取られる危険性があるという事を多くの方に知ってもらえるのではないかと思います。今は子供と疎遠になっている高齢者も多いので、お互いを気にかけるいいきっかけになることを期待します」 コツコツと貯めた全財産を一瞬にして失ってしまったジェリーさん。アメリカで生活が出来なくなってしまった今は、故郷・台湾で静かな生活を送っているという。 「私は性善説を信じて生きてきました。しかし詐欺被害の当事者になって以降、その考え方は薄れました。人に対する信頼感も低くなり、会う人会う人をいちいち疑わなければならない。これはとても悲しい事です。日本の皆さんもお気を付けください」 ジェリーさんは全財産以上に大切なものを奪われてしまった。詐欺、闇バイト、ダメ絶対。 (まいどなニュース特約・石井 隼人)

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