お金のために嘘をつく人たち―ダン・デイヴィス『金融詐欺の世界史』

ポンジスキームから架空取引、金利の不正操作、ホワイトカラー犯罪まで、詐欺の手口や有名事件の顛末を紹介します。金融のスペシャリストが詐欺の類型とそのメカニズムをわかりやすく説明する書籍『金融詐欺の世界史』から「イントロダクション」の一部を公開します。 ◆4種類のホワイトカラー犯罪 最も基本的なタイプの詐欺は、単純に借金をして返さないか、商品を買って代金を払わないことだ。現代の経済では、ビジネスパーソンはお互いに相手が請求書の支払いをして、約束どおり商品が配達されるだろうと信頼せざるを得ない。この現実世界の商業の特徴は経済学の教科書では驚くほど無視されているが、間違いなく経済の基礎になっている。もしすべての契約が現金引換主義で行われていたら、ほとんどの産業は今とはまったく違う――ほとんど見る影もなく、現在の規模ではとうてい運営できない――状態になるだろう。本が出版されるまでのあらゆる段階――著者への前払いから印刷業者への支払い条件、小売店が売れ残りを返品する制度まで――は、資金が準備できた時点で支払われるように、取引相手同士が相互に掛売りをしなければ成立しない。 奇妙なことに、供給業者から顧客、あるいはその逆も含めて、取引相手のあいだで認められる掛売り(または掛買い)は、公的な統計では体系的に測定されない。しかし、理にかなった見積もりでは、銀行制度の果たす役割はそれほど大きくない――銀行ローンから直接融資を受けるのは、おそらく商業的な掛売りの10パーセント未満だ。意図的に掛買いを増やし、借金を踏み倒して逃げるのは、「ロングファーム」と呼ばれる詐欺の基本である。これは商業犯罪の初歩の手口だ。また、ロングファーム詐欺は、詐欺を告発して起訴する際の最大の難点を示している。詐欺が行われ、金が持ち逃げされたあとでさえ、詐欺目的で設立された詐欺会社はしばしば単に合法的な会社が破産しただけのように見える。ほかのほとんどの犯罪者と違って、ホワイトカラー犯罪の詐欺師は、正直な人々とまったく同じ基本的な行動をする。犯罪を構成するのは、だまそうとする意図の有無なのだ。 商業詐欺によって金を盗むもうひとつの手口は、所有権と価値を裏づける方法に対する信頼を悪用することだ。すべての書類がチェックされ、すべての所有権の主張が裏づけられ、すべての品質保証書が精査される社会では、取引相手をお互いにチェックしあうことでビジネス界の多大な時間と労力が浪費される。またもやそこに詐欺師のつけ入る隙が生まれる。何種類ものビジネスを遂行するには、書類を額面どおりに受け取り、書類が証明する内容は正しいと信頼するしかない。虚偽の主張を裏づける書類をでっちあげ、この信頼を悪用する行為は、「偽造」と呼ばれる。さまざまな信頼関係が相互に補完しあって商業に利益をもたらすのと同様に、さまざまな詐欺もまた、相互に補完しあう現象が見られる。たとえばロングファーム詐欺を実行するには、実際よりも財政的に健全だと見せかける書類を偽造する必要がある。 経済がより複雑になるにつれて、会社に資本を供給する機能と会社を経営する機能を分離する傾向が出てくる。そのような経済では、ある企業の実際の所有者と債権者が、彼らが雇った経営者のあらゆる行動を監視するのは一般的に不可能(あるいは少なくともきわめて非効率的)である。誰もがそうであるように、彼らは信頼に基づいて行動する必要がある。この信頼が「コントロール詐欺」を可能にする。コントロール詐欺は、犯罪者に金が引き出される方法が一般的に合法的であるという点で、より単純な詐欺と一線を画している。この詐欺では高給、ボーナス、ストックオプション、配当などの合法的な報酬が、架空の利益と実体のない資産に基づいて支給されるため、経営者は正直なビジネスパーソンよりはるかに高いリスクを取る傾向がある。 この犯罪は、少なくとも潜在的に仮定に基づく犯罪という点で独特である。もしも詐欺に使われた会社が利益を上げ、コントロール詐欺の犯人が高いリスクと引き換えに報酬を獲得すれば、被害者はだまされたことに気づかず、犯罪は存在しない。法律的に責任のあるひとりの人物が関与するのではなく、いくつかのゆがんだ「犯罪誘発的な」誘因が積み重なっていくつかの不正がばらばらに発生し、架空の利益、高いリスク、金銭の引き出しのメカニズムが生じる「分散型コントロール詐欺」が生じる可能性さえある。 最後に、最も抽象的なレベルの詐欺がある。これらの詐欺は個別の信頼関係ではなく、現代の経済を成り立たせている一般的な信頼のネットワークを悪用する。伝統的な観点から見れば実は犯罪でさえないたくさんの行為がある。それらは明白な、あるいは本質的な不正行為ではない。しかし、人々が自分はだまされないはずだと安心していられる方が、市場経済がうまく回っていくのを私たちは経験上理解している。たとえばカルテルやインサイダー取引集団は市場犯罪の例と言えるだろう。被害者は目に見える金額をだまし取られた特定の個人ではなく、市場そのものだ。市場犯罪は大きな利益になるが、市場の利用者が市場システムを機能させる掛売りをためらう原因になる。ほかのどの犯罪にもまして、この種の犯罪は月並みな犯罪というよりも、判断、地域的しきたり、慣行の問題である。ある地域の法であくどい市場犯罪と判断される行為が、別の地域では攻撃的だが合法的な慣行、また別の場所では優良な会社の典型と考えられる可能性もある。詐欺会社は明らかにモーセの十戒のうち「盗んではならない」に反し、偽造は「偽証してはならない」に背いている。しかし、「特定の非公開情報を手に入れて証券取引をしてはならない」という戒律はどこにあるだろうか。市場犯罪を調べると、現代の経済そのものの仕組みに関する根本的な疑問に突き当たる。また、最大の詐欺事件のいくつかにも出会う。市場犯罪は、独自の法的枠組みが必要になるほど大きくて重要な市場でのみ発生するため、被害総額はしばしば驚くほど莫大になる。 これらの詐欺の名称にこだわりすぎないでほしい――特に犯罪学の論文とぴったり一致すると期待してはいけない。この段階で関心があるのは細かい点よりもおおまかな仕組みと、どのような種類の信頼が裏切られたかである。詐欺の段階がひとつ上がるたびに、信頼は具体的なものから抽象的なものになる。ロングファーム詐欺について知れば、人を信頼していいかどうか不安になる。偽造は目に見える証拠への信頼を失わせる。コントロール詐欺は社会制度への信頼を揺るがせ、市場犯罪は社会そのものに疑いの目を向けさせる。4つの信頼がすべてそろわなければ現代の経済を動かすことはできないのだから、詐欺はじわじわと社会をむしばむ犯罪である。 ◇こうして詐欺は行われる 本書はこんなふうに読んでほしい。私たちは有名な詐欺事件の顚末(そしてそれらの詐欺に悪用された基本的構造)と、現代社会を支える信頼のメカニズム(そしてそれを有名な詐欺師がどのように悪用したか)を交互に見ることになるだろう。商業詐欺は現代の経済の邪悪な双子の片割れだ。一方を理解すれば、もう一方を深く理解する助けになる。 本書を読み、不正行為をめぐる旅を終える頃には、詐欺がどのようにして行われるか、どのように会社と従業員が負うリスクを――完全に排除できないまでも――管理するかについて、よりよく理解できるようになるだろう。また、正当な商業システムがどのように機能するかについての有益な情報が得られる。人間の脳と同様に、市場経済は情報処理システムである。そして人間の脳と同様に、市場経済の隠れたメカニズムは、分解しなければよく見ることができない。神経科医が頭部外傷の影響を調べるように、通貨偽造者とネズミ講の研究によって、経済についてより深く学べる。 もちろん、本書を取扱説明書代わりに使うこともできる。本書には、人をだます方法を理解するために、多数のケーススタディと概要が含まれている。しかし、ひとつだけ覚えておいてほしい。本書に登場するほとんどすべての詐欺師は逮捕されている。逮捕前は華やかなライフスタイルを楽しんでいた人もいる。しかし、ついに悪事がバレたとき、多くの詐欺師は苦しくストレスの多い仕事がやっと終わってうれし涙を流した。どんな詐欺だろうと、そこに注ぎ込まれた時間、労力、商業上の洞察力を何か有意義な仕事に使っていれば、ほぼ例外なくもっと有効に活用できたはずである。 ほぼ例外なく。 [書き手]ダン・デイヴィス(アナリスト) 元イングランド銀行の規制エコノミストであり、数々の投資銀行のアナリストを務めた。仕事柄、LIBORスキャンダルから外国為替スキャンダル、アングロ・アイリッシュ銀行の破綻、スイス銀行ナチス金塊事件まで、あらゆる形態の金融詐欺事件に取り組んできた。フィナンシャル・タイムズやニューヨーカーなどさまざまな出版物に寄稿している。 [書籍情報]『金融詐欺の世界史』 著者:ダン・デイヴィス / 翻訳:大間知 知子 / 出版社:原書房 / 発売日:2025年02月10日 / ISBN:4562075090

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