「僕自身は正直、執行猶予がつかないことも覚悟してました。それでも執行猶予がついたのは、もう一度、社会のなかでやり直すチャンスをもらえたんだなと思っています」 そう語るのは、2022年から2023年にかけて「暴露系YouTuber」として一世を風靡した「ガーシー」こと東谷義和氏。その影響力を生かして参院議員にまでなった男は、ほどなく議員除名され、2024年3月に逮捕・勾留、懲役3年執行猶予5年の有罪判決を下されるという、まさに天国と地獄を一気に味わった。 ワイドショーで日本中に流れた、成田空港での逮捕劇からもうすぐ2年。ガーシーはいま、どうしているのか? 大阪の店舗に続く2号店として、2025年2月末に東京・六本木にオープンさせたばかりのバー「ハニートラップ」に本人を訪ねた。 「六本木に店を出すことになったのは、もともとやりたいっていう知人がいたからです。僕はオーナーではなく、あくまでアンバサダーという立ち位置なんですけど、その言い方だとわからない人もいるので、『僕の店です』と伝えています。東京にいるときは、ほぼ毎日、ここに顔を出しますよ」 さらに3月17日には、3店舗めとなる札幌店が営業を開始した。 「ただ、僕のいまの収入源は、オンラインサロンのメンバーシップの会費と、TikTok配信による収益がメインです。すべて合わせると、月1000万を切ることはないと思います。 じつはいま、僕は日本の全ライバー(ライブ配信者)のなかで7位なんですよ(『LIVE TIMES』2月22日発表)。TikTokだけじゃなく17LIVEとかPocochaとか、あらゆるライブ配信アプリのライバーのなかで7位なんです。50代でベスト10に入ってるのはもちろん僕だけやし、ベスト20でもたぶん、僕だけです」 編集した動画をアップするYouTubeと違って、ライブ配信ゆえフリートークの強さがものを言うTikTokは、自分に向いていると語るガーシー。視聴者からの「投げ銭」は最高で1500万ポイント、金銭なら400万円を受け取ったことがあるという。しかし、そんな数字を鼻にかけることもなく、ライバー自体は「誰でもなれるし、むしろ副業として挑戦すべき」と強調する。 「僕らみたいに、過去に罪を犯した人間だろうが、素人のオジサンだろうが誰でもなれる。『あとは継続や』って僕はずっと言っていて、継続さえすれば、誰でも月100万円まではいくと思ってます。ただ、そのためには毎日、配信ですよ。毎日、1時間でもやるってことが、普通の人はなかなかできないんです。僕はオフの日でも、必ず毎日1回、配信すると決めています」 しかし東京地裁での公判では、「今後、配信はいっさいしません」と宣言していたはずだが……。 「SNSに関してはよく言われるんですよ、『やめるって言ったじゃないですか』って。でも、弁護士さんからは、『生きていくために仕事としてやるのは、ぜんぜんいいですよ』と言われていますし、僕も食っていかないといけないので。 ただ、SNSをしていることについて、僕はいっさい、宣伝も拡散もしていないんです。陰でやり始めて、気づいた人たちが広めてくれている感じです。だから、いまだに『日本にいつ帰ってきたんですか』って聞いてくる人もいます。XやTikTokで、知り合いに『拡散して』って頼んだら、たぶん、あっという間にフォロワーは増えるんですけど、それはやりたくないんです」 一方、知り合いのYouTuberからゲストで呼ばれることは多いという。 「いろいろな人からオファーが来ますし、じつは今日も、ゲストで呼ばれて撮影してきたんです。だから、ゲストとしてなら受けますけど、自分では、もうチャンネルを持とうとは思いません。やっぱり僕はYouTubeで“しでかして”しまったので、これだけは復活させたらあかんと思ってるんです。リスナーの人たちは『YouTube、もっかいやって』って言いますけど、僕はもうゲストだけでいいってスタンスです」 そんな彼に、ズバリ「いまの肩書は?」と尋ねると……。 「落語家です。僕のなかでは、そういうつもりで人としゃべってますし、すべて“落語”としてやってるというか。別に着物も着てないし、普通に配信するだけですけど、名刺を出すとしたら落語家の名刺を切ると思います。まあ、名刺は作ってないんですけど」 2024年6月に“落語家”への挑戦を表明した彼は、「東笑亭ガーシー」として2025年2月14日に初高座を踏んだ。 「ありがたいことに好評やったんで、また今度、大阪でやる予定です。いまはまだ、自分のオンラインサロンのメンバーの前でしかやってないんですけど、そこでの評価を見てから、ちょっとずつ一般客の前でもやっていこうかなと。プラス今後は、TikTok上でショート落語みたいなこともしようと思ってます」 もともとは芸能界に華麗な人脈を誇っていたが、暴露や逮捕をきっかけに、多くの者がガーシーのもとを去っていった。彼らとの関係は、その後どうなったのだろうか? 「じつは8、9割は、もとのように連絡を取れる状態になりました。結局、離れていった人は2割いないくらいです。また連絡をくれた人からはもちろん説教されましたけど、みんな『ホンマにこっちに戻ってきてよかったな』と言ってくれてます」 暴露をしていたときのガーシーは、関西弁で威圧的にまくしたてるスタイルだった。ただ、それは暴露の支援者の指示があったからであり、本人もそういうキャラクターを「演じていた」と明かしている。 「ふだんの僕を知っている人からは、『見たことないお前が出てきたからビックリした』ってさんざん言われました。だって、あんな四六時中、怒ってられないですよ(苦笑)。疲れますし。 ただ、僕のもとには毎日、500件くらいタレコミが来てましたからね。ほとんどがガセでしたけど、裏が取れているたしかな情報に関しては、被害者の方の気持ちを乗せてしゃべっていたんです」 2022年7月、ガーシーは滞在先のドバイから第26回参院選に出馬。「国会で寝ている議員の頭を片っ端からたたいて回る」などの公約を掲げ、みごと当選を果たした。あの公約に期待して、ガーシーに票を投じた支持者はきっと多かったはずだ。 「それはもう全員に言われました。もちろん、公約自体は本気でしたよ。日本に帰ったら、たぶんやってました。それで書類送検になってもよかった。やっぱ、言うヤツがいないじゃないですか。頭はたたかんまでも、机をバーンとたたいて、『お前、帰って寝ろ』って、それくらいはやってたと思います」 それにしても、2024年3月に有罪判決を受けてからすぐに、月に1000万円を稼ぐとは尋常ではない。なぜそんなことができたのか。 「僕にはモデルケースがいたんですよ。パクられても復活したホリエモンとか、井川(意高)さんとか、いいお手本があったので、そのあたりは勉強させてもらいました。勾留中、ホリエモンの本も読んだし、出てからのことは、そのときに全部、決めていたんです。それを執行猶予がついた瞬間から始めているだけなんです」 ドバイでの生活と逮捕後の勾留期間を合わせて約2年半にわたった“ガーシー劇場”。振り返っていま、何を思うのか? 「もうひとつの、別の人生を生きたような感覚はありますね。東谷義和ではなく、ガーシーとしての人生というか……。あのYouTubeに始まり、参院議員になり、逮捕状が出て勾留され、執行猶予になるまでの流れが、ガーシーとしての生き様やったなって。だからいまは個人の、東谷義和の人生をあらためて生きてるなって思ってます」 新たな人生を歩み始めたガーシーに今後の目標を聞くと、これまた驚くべき答えが返ってきた。 「僕は55歳でリタイアしようと決めてるんです。あと2年ですけど、それでもう十分。静かに暮らして、いろんなところを旅行したいですね。配信はやめないですけど、いわゆるオフラインの仕事、バーであったり、オフ会や講演会、そういったイベント的なものはすべて引退しようと思ってます。 ひとつだけ、75歳で生きていたら、最後は西麻布に老人ホームをつくって余生を過ごす。それがいま、僕の頭のなかにあることです」 一度“地獄”を見た男はすっくと立ちあがり、次の仕事のため東京駅へと向かった。