人気配信者の「最上あい」こと佐藤愛里さんが、ライブ配信中に東京・高田馬場の路上で刺殺された事件から1週間あまり。現行犯逮捕された高野健一容疑者と佐藤さんの間にあった金銭トラブルの実態が徐々に明らかになってきている。一連の金銭トラブルを巡っては、佐藤さん側のロマンス詐欺を指摘する声も上がっているが、今回の事例は何らかの詐欺行為にあたるのか。日本とニューヨーク州の弁護士資格を持ち、ロマンス詐欺の相談も数多く受けている樋口国際法律事務所の樋口一磨弁護士に見解を聞いた。 事件は今月11日、高田馬場の路上で発生。ライブ配信中の佐藤さんにナイフを持った高野容疑者が襲いかかる様子が配信されたことで、大きな波紋を呼んだ。高野容疑者は「お金を返してくれないのに、これからも配信で稼いでいくかと思うとやりきれなかった」「事件を起こせば、女性が自分にしたことを世の中に知ってもらえると思った」といった主旨の供述をしている。 一連の報道によると、高野容疑者は2022年8月ごろから佐藤さんが勤める飲食店に通い、「自分や姉の生活費のためをお金貸してほしい」という佐藤さんに、総額250万円を貸し付け。23年1月頃から連絡が取れなくなり、同年8月には返済を求めて提訴、裁判所からは佐藤さんに約250万円の支払いを命じる判決が下っていた。 フォロワー数2600人以上の佐藤さんは、10段階あるプラットフォーム内の配信者ランクで最高の「プラチナプラス」で、視聴者からの“投げ銭”で月100万円近い収益があったとされる。本人のSNSではタワマン暮らしをアピールしており、ネット上では、異性の好意につけ込み金をだまし取るロマンス詐欺を指摘する声も上がっている。今回のケースは何らかの詐欺にあたる可能性があるのか。樋口弁護士は「金を借りるにあたって、虚偽の事実を伝えて欺いたかどうかが焦点になります」と解説する。 「例えば、家族が病気でお金が必要などと伝えてお金を無心しつつ、それが実はうそであった場合などは詐欺にあたり、刑事罰の対象となります。ただ、好意がないのにあるかのように偽って、困ってるから貸してほしいとお願いするような場合は、好意の有無を証明することは難しいため、詐欺に問うことは困難です。また、前提の話にうそがあった場合でも、言った言わないの水掛け論になるので、LINEのやり取りなどの客観的な証拠がないと立件は難しい。金銭の貸し借りによるトラブル自体は世の中にはありふれた話で、悪質性、計画性、反復性なども加味して、実際に動くかどうかは警察の判断になります」 一方、民事では返済を命じる判決が出ていたが、佐藤さんからお金が振り込まれることはなかった。佐藤さんは配信の“投げ銭”として多額の収益があったことも分かっているが、事件後、佐藤さんの婚約者を名乗る男性が公開した高野容疑者とのやり取りを巡る音声では、佐藤さんがこの男性にも借金をしており、そちらの返済を優先しているため返済ができないという主旨の説明がなされている。配信の収入があるなか、資産を差し押さえることはできなかったのだろうか。 「ライブ配信自体が新しい仕組みで、前例はあまりありませんが、投げ銭が一度プラットフォームに入り、そこから配信者に支払われる仕組みであれば、プラットフォームから配信者への支払いを差し押さることは可能です。複数の相手からお金を借りていた場合、どの順番でお金を返すかは債務者本人の選択次第ですが、判決など差し押さえの可能性がある債権者から優先して返済するのが一般的。ただ、日本の司法制度では財産開示制度が限られていることもあり、逃げ回られると打つ手がなく泣き寝入りという場合も少なくありません」 弁護士費用をかけて裁判所から支払い命令を得ても相手が従わない場合には、財産を見つけ差し押さえる必要があるが、実際には財産の調査が困難という現実もある。ネット上では、適正に取り立てが行われていれば凶行は起こらなかったと指摘する声や、司法制度の限界を嘆く声も上がっている。 「正直なところ、相手が住所不定や無職など支払い能力がない場合、また組織的な犯罪集団が相手の場合には、法的手続きをとっても成果が見込めないという場合はあります。実際、私のところに相談に来る方にも、典型的なロマンス詐欺の場合は諦めた方がいいとお伝えすることがほとんど。また、仮に相手が警察に捕まってもお金が返ってくることはほぼありません。 正義が必ず勝つかというと、理不尽ですが逃げ切られてしまうということも現実問題としてある。日本の民事訴訟は、裁判をして、勝って、判決が出て、財産が特定できれば差し押さえるというところはしっかりしていますが、財産開示の制度が非常に弱い。もっと財産開示請求をしやすくしたり、ペナルティーを強化するなど、改善の余地はあると思います」 高野容疑者の犯行動機を巡っては、一部から同情論も起こっているが、「大金を取られて悔しい思いをしている人はごまんといます。だからといって相手に危害を加えてもいいということにはならない」と樋口弁護士。例え何があっても人を殺すことは許されない。その上で、新たな被害を生まないための制度作りが求められる。 □樋口一磨(ひぐち・かずま)1976年千葉県柏市生まれ。慶応大法学部卒業。一橋大大学院修了。米国ミシガン大ロースクール卒業。日本と米ニューヨーク州の弁護士資格を持つ。2011年6月、東京・千代田区に樋口国際法律事務所を設立。国内業務はもちろん、海外法務など国際案件にも幅広く対応している。メディアへの出演・コメント多数。