収入面だけではなく、さまざまな就労面での待遇改善が全国各地で行われているバス業界。バス業界といっても貸切(いわゆる観光バス)、企業送迎、都市間高速路線などさまざまな種類があるが、とくに街なかを走る一般路線バスでは、働き手不足の改善がなかなか進まず、多くの事業者で路線の廃止や減便などが進んでいる。 たしかに収入面の改善も大切なのだが、それだけではないという傾向も見えている。たとえばタクシー運転士という仕事は、都内ならば年収1000万円も珍しくないともいわれるほど「稼げる仕事」へ世間の印象も大きく変えているのだが、それゆえに若手を中心に「イメージしていたのと異なり忙しすぎる」と離職するひとも目立っているとのことだ。 置かれている状況によって仕事でなにを大切にするかは変わってくるが、若い世代ほど自分のライフスタイルというものを大切にしており、「収入がよければそれでいい」というわけでもなさそうなのである。 また、バスやタクシーといった旅客輸送業界でなかなか働き手が集まらない一因とされているのは、一般的な会社員と呼ばれるような仕事にない「交通事故」というリスクの大きさもあるようだ。これは、乗務中に交通事故に遭い負傷するという身体的なものもあるが、歩行者なども含む人身事故などが発生した際に、逮捕され実名報道されてしまうということも「リスクが高い仕事」と思われているようなのである。 先日も、路線バスがお年寄りを轢いてしまい死亡させてしまうという痛ましい事故が報道されていた。その際、当該のバス運転士は逮捕され実名報道されている。「二種免許」というプロドライバーとしての運転免許を取得してバスやタクシーを運転しているので、一般乗用車との物損事故などでも、有無をいわさず過失割合が多くなることもあるという話も聞いたことがある。 留意しておきたい点として、死亡事故など重大事故の場合には、当事者である運転者がショックから衝動的に自殺などをしてしまう可能性も高いので、あえて身柄を拘束しているという話もある。つまり、「逮捕=悪人」では必ずしもないのだ。そして、前述した事故では「実名報道はやりすぎではないか」との意見をネット上で多く見かけた。 事故を起こしたものの、その事故原因などについての捜査が続いているなかで、さも犯罪者扱いするように実名報道されてしまうのでは、運転士という仕事は割の合わない仕事と感じるのもやむなしだろう。そういった事情もあり、なかなか働き手が集まらないことにもつながっているのではないかとの話も聞いたことがある。 近年では、乗客からのカスタマーハラスメントも運転士減少を加速させている。その証左として、企業送迎を専門とするバス事業者などでは、路線バスほどには不特定多数の乗客と接しないため、「カスハラはほとんどない」としてリクルート活動を展開し、新人運転士が集まりやすいといった話もあるほどだ。 余談だが、最近の若い世代には公務員が就職先で人気となっている。これは給与に魅力を感じているわけではなく、リスクが少なく、よほどのことがなければクビにならないという安定感を最大の魅力と感じているようである。 人身事故を起こせばすぐに実名報道され、世間では犯罪者扱いされるようになる仕事では、少しばかり給与などの待遇面が改善されたとしても、仕事として選ぶ優先順位が下がってしまうのもやむを得ないのかもしれない。 また、現状では「運転士」という仕事が必要以上に世間で見下されていることも否めない。新型コロナウイルスが感染拡大した時期でも休まず運行を続けたエッセンシャルワーカーなのだから、もう少し世間がリスペクトすることを願うばかりである。