アクセル踏み間違いで死亡事故…加害者の元特捜エースがトヨタに”言いがかり”裁判を起こした深い意図

元東京地検特捜部長の石川達紘氏(85)が、’18年に東京都内で起こしたレクサス暴走による死亡事故を巡り、「事故の原因は車両の欠陥だ」としてトヨタ自動車と販売会社を相手に5000万円の損害賠償を求めた訴訟。その判決が、2月20日に東京地裁で言い渡され、石川氏の主張は全面棄却された。刑事裁判で有罪になった石川氏が、“言いがかり”的に起こした裁判にみえるが、元“特捜のエース”にはどうしても訴えたいことがあったようなのである。 事故は‘18年2月18日、東京都渋谷区で発生した。石川氏は、ゴルフ仲間と待ち合わせのため駐車したレクサスの運転席から降りようとしたところ、突然車両が発進。時速100キロを超える暴走をし、歩道にいた当時37歳の男性をはね死亡させるという悲劇的な事故となってしまった。 石川氏は過失運転致死などの罪で起訴され、「誤ってアクセルペダルを踏み込んだことが事故の原因」として、’23年5月に禁錮3年、執行猶予5年の刑が確定している。しかし、その2ヵ月後の’23年7月、石川氏は「車両に欠陥があった」として、トヨタ自動車などを相手に民事訴訟を起こしたのである。事故の原因はあくまで車の欠陥だ、という主張だ。 「防犯カメラ映像を見ると、アクセルを踏んだとされている左足が、車の発進時には間違いなく車外に出ているのです。画像鑑定の専門家に、防犯カメラの映像を分析してもらった結果、『車外に出ている左足が映っている』という鑑定が出ています。刑事裁判の控訴審で、その鑑定結果を証拠として提出したのですが、裁判官は鑑定の信用性について判決文で一切触れず、左足でアクセルを踏んでいると認定したのです。そしてその判決が最高裁でも維持されて刑が確定してしまった。ですから、黙殺された鑑定の信用性を問いたい、という意図で提起したのがこの民事裁判なんです」(石川氏の代理人・小林正樹弁護士) この画像鑑定の専門家というのは立命館大学名誉教授の山内寛紀氏。大阪府警察本部の画像解析指導員で、警視庁でも’20年まで画像解析指導員を務めている。最近では元長野県議が妻を殺害した罪に問われている裁判で、検察側の証人として車の画像解析を行っており、まさに車の画像解析の権威。刑事裁判において山内氏の鑑定は絶対的な信頼がおかれているのだが、なぜか山内氏の鑑定内容には触れないまま刑事事件は終わっているのである。 ◆石川氏は「ストレスを受けて失神」していた では、レクサスはどのように発進したのであろうか? その日、石川氏はゴルフ仲間を拾うため恵比寿2丁目の路上に車を停める。石川氏のレクサスには、車を停車させるとシフトレバーがドライブ(Dレンジ)に入ったままでもフットブレーキがかかった状態を維持する機能が付いているため、石川氏はシフトレバーをパーキング(Pレンジ)に入れずにエンジンをかけたままの状態で、車を停めていた。そして、ゴルフ仲間が来たため、石川氏が車を降りようとしたときレクサスは動き出したのだ。石川氏側の主張によると、その時の状況はこうだ。 〈下車しようと運転席側ドアを開けたうえ、臀部を支点にして右方向に体を回転させ、両足を車外に出した。すると、両足がいずれも車外に出たまま、いずれの足も路面に着くか着かないかの状況で、本件車両(石川氏が乗っていたレクサス)は、いきなり、原告(石川氏)がアクセルペダルを踏んでいないにもかかわらず、・・・(長文に付き中略)・・・クリープ現象のように低速で発進を開始した〉(訴状より) 足が車外で出ていたのに車が勝手に発進した、というのである。 もちろん、有罪になっている以上、石川氏がアクセルペダルを踏んだという根拠は示されている。刑事裁判で検察側は、アクセルペダルを最大に踏み込んだ際できる圧痕や車の事故記録装置の解析記録などを証拠として提出し、事実だと認定されている。つまり、アクセルペダルを踏んでいない、というのは石川氏の記憶違い、ということで刑事裁判は結審しているのである。事故時は、 〈時速100kmを超える高速度で暴走したことにより、死を意識するほどの恐怖・驚愕による情動ストレスを受けて失神するに至った〉(民事裁判判決文の原告主張より) という極限状況で、かつ当時78歳という高齢も考えれば、「アクセルを踏んでいない」という石川氏の事故時の記憶が実際とは違っていたとしても不思議ではないが……。 石川氏は知る人ぞ知る特捜のエースだった。1965年に検事に任官し、1976年のロッキード事件で特捜検事として頭角を現した。さらに1992年に特捜部が略式起訴で終わらせてしまった金丸信元自民党副総裁の5億円闇献金事件では、最高検検事だった石川氏が脱税で捜査するよう最高検首脳を説得し、1993年に金丸逮捕を実現させている。 ◆判決には納得していない 現役時代は「カミソリ達紘」の異名をとった石川氏からすれば、刑事裁判で自信をもって出した証拠を無視する司法が許せなかったわけだ。白黒をつけるため民事で裁判を提起した訳だが、裁判で山内鑑定はどう評価されたのであろうか。 〈本件説明画像(山内氏の画像鑑定の説明資料)において、証人山内がくつ様の(靴のような)ものであると証言する画像の黒色の部分が、靴を写し出したものとして識別することは容易ではなく、これらの画像が、本件事故当時、原告が実際に身に着けていた靴を写したものであるとの事実を認めるには至らない・・・(長文に付き中略)・・・同証人(山内氏)の証言は信用することができない〉(判決文より) 刑事事件では常に警察、検察のよりどころとされていた権威の鑑定は、民事裁判で「信用できない」と言われてしまったのである。 「刑事裁判で常に信用性が認められている専門家が『靴です』としている鑑定結果を、『いや、私には靴に見えない』って判決なんで、裁判としてどうかと思うんですよね。具体的な根拠を示して『靴とは言えない』と言うのでしたら、納得はいくんですが。すでに控訴していますので、控訴審でも山内鑑定の信頼性を主張していく予定です」(前出・小林弁護士) 一方、今回の裁判に関してトヨタ側はどう考えているのか。石川氏が「アクセルを踏んでいない。車両に欠陥があった」と主張していることについて見解を問うと、広報部より以下のような回答があった。 「お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族に対して心からお悔やみを申し上げます。トヨタは引き続き、全てのお客様の安全・安心を第一に、商品やサービスをお届けしてまいります」 85歳の元特捜のエースが、画像解析の権威とともに司法の壁に挑むこの裁判、控訴審での判断が注目される。

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