<逗子女性殺害>ストーカー規制法に限界…大量メール想定外
毎日新聞 2012年11月8日(木)22時44分配信
神奈川県逗子市で6日、元教員の小堤英統(こづつみ・ひでと)容疑者(40)がかつて交際していた女性を殺害し自殺したとみられる事件で、小堤容疑者は今年3月下旬以降、約20日間で1089通のメールを女性に送っていたが、県警はストーカー規制法に基づく立件や警告を見送っていた。同法がメールの連続送信を規制対象としていないためで、警察庁の片桐裕長官は8日の記者会見で「今後法律にどう位置づけるかは、非常に大きな検討課題」と言及。事件を機に法改正の論議が高まりそうだ。【山下俊輔、一條優太、山田麻未、村上尊一】
ストーカー規制法は桶川ストーカー殺人事件(99年)を機に、議員立法で00年に成立した。恋愛感情に絡む「つきまとい」やその繰り返しを規制、処罰する。拒まれたのに短時間で何度も電話をしたり、ファクスを送ったりする行為は「つきまとい」として規制対象になるが、メールの連続送信は条文に規定されていない。
県警によると、殺害されたフリーデザイナー、三好梨絵(りえ)さん(33)は小堤容疑者から06年ごろ以降、嫌がらせメールを送られ続けていた。昨年4月は1日80〜100通のメールを送られ「殺す」との文言があり、県警逗子署は小堤容疑者を脅迫容疑で逮捕。同7月にはストーカー規制法に基づく警告をした。
メールは今年3月下旬から再び送られ始め、約20日間で1089通に上った。書かれた文言がわいせつなら規制対象になり、脅しなら刑法の脅迫罪に当たるが、同署が全メールを確認しても「別の男と結婚するのは契約不履行。慰謝料を払え」といった内容にとどまり、強制的な措置はとれないと結論づけた。
県警は過去にも「メールを何度も送られた」という女性の相談を複数受け付けたが、文面から規制対象にならなかったケースもあるという。ストーカー規制法は施行5年後の見直し規定があるが、成立から12年たっても見直されていない。岐阜県は05年、条例でメールを繰り返し送って不安を与える行為を禁止している。
警察庁も「被害者から相談を受けても対応が難しい」といった捜査現場の意見を受け、今年3月から実態把握を進めていたという。片桐長官は8日の記者会見で、議員立法で成立した同法について「関係議員とも十分連携しながら、必要な対応を取るように努力していきたい」と述べた。
◇住所知るためネットに投稿
小堤容疑者は三好さんの住所を知るため、以前の勤務先に連絡したり、インターネット掲示板に書き込みをしたりしていたことが捜査関係者への取材で分かった。昨年6月に脅迫罪で起訴された裁判の過程で住所を知った可能性もあり、逗子署は経緯を調べている。
同署は8日、東京都世田谷区の小堤容疑者宅を家宅捜索。三好さん方アパート1階の掃き出し窓内側に土足の跡があり、ここから侵入した可能性が高く、凶器の刃物は小堤容疑者が用意したとみられるという。
◇「メールは立件できないなんて時代遅れ」…識者
ストーカー被害の相談を受けるNPO法人「ヒューマニティ」(東京都大田区)の小早川明子理事長はストーカー規制法について「電話なら立件できて、メールは立件できないなんて時代遅れ。大量のメールが送られてきただけで十分恐怖。問題が多いのに改正しないのは国会議員が無関心なのでは」と指摘する。
山内久子・秋田看護福祉大教授(67)は95年、長女陵子さん(当時21歳)が同じ大学の男子学生に無言電話や脅迫文などを何度も送られた末に殺害された。「1000通以上のメールは内容に関わらず脅かされ、不安になる。身体的被害に等しく、何らかの法的処分を下せるようにしてほしい」と訴える。
元検事の中村勉弁護士は「メールは電話やファクス以上に身近なコミュニケーション手段となった。時代に応じた柔軟な法改正が必要だ」と強調した。
◇逗子女性殺害事件の経過
04年ごろ 2人がバドミントンサークルで知り合い交際を始める
06年以降 2人が別れ、小堤容疑者が嫌がらせメールを送り始める。三好さんが東京都内で警察に相談
08年ごろ 三好さんが結婚、現住所に転居
10年12月 三好さんが逗子署にメールの被害を相談。同署が家族を通じ小堤容疑者に注意
11年4月 小堤容疑者が「ぜってー殺す」などと書いたメールを1日80〜100通送る。三好さんが逗子署に相談し、同署は緊急通報装置を設置
6月 逗子署が小堤容疑者を脅迫容疑で逮捕
7月 神奈川県警がストーカー規制法により警告
9月 小堤容疑者に懲役1年、執行猶予3年の判決。三好さん方に監視カメラ設置
12年3月 4月までの約20日間に小堤容疑者が「別の男と結婚するのは契約不履行。慰謝料を払え」などと1089通のメールを送る
4月 三好さんが逗子署に相談。同署は10月までに少なくとも146回、自宅周辺をパトロールし、11月も継続
5月 逗子署が三好さんに「事件化は難しい」と伝える。三好さんが「メールが来なくなったので静観したい」と逗子署に申し出る
7月 逗子署が三好さんに最後の電話連絡
11月 三好さんが自宅で殺害され、小堤容疑者も死亡
※警察や関係者への取材に基づき作成