定年退職後の男性が1本の電話をきっかけにスパイに仕立てあげられ、違法行為に加担させられた実在の事件を、その被害者であるジェリー・シューが自ら脚本・主演を務めて映画化した「ジェリーの災難」が3月20日から公開される。このほど映画.comが主演のシュー、シューの息子で本作プロデューサーのジョン、ロー・チェン監督のインタビューを入手した。 <あらすじ> 長年アメリカで暮らしてきた69歳の中国人男性ジェリーは、妻と離婚して定年退職を迎え、3人の息子たちとも離れて独り暮らしを送っていた。ある日、彼のもとに中国警察から電話が掛かってきて、自分が国際的なマネーロンダリング事件の第一容疑者になっていると告げられる。ジェリーがフロリダに持つ銀行口座を通して、128万ドルが違法に移動されているというのだ。逮捕して中国に強制送還すると言われたジェリーは、中国警察のスパイとして捜査に協力することに。その後の数週間にわたり、銀行を監視して写真を撮ったり、極秘の送金をしたり、さらには隠しマイクを着けて窓口係を探ったりと、中国警察の指示通りに潜入捜査を手伝うジェリーだったが……。 ――まず映画化についての発案はどなたからでしょうか? ロー・チェン監督:主演のジェリーの息子でもありプロデューサーのジョンとは、実は十年来の付き合いです。元々はCMのプロデューサーとディレクターという関係性。3年前、ジョンから「大変なことになっているから助けてくれ」と、急に連絡があって。仕事関係のトラブルかと思って話を聞いたら「実は父が中国警察のためにスパイ活動をしていると言っていて、ここしばらく警察官と電話でやりとりしてるって言うんだ」と、本当に唐突な話で。 でも、正直そんな話はどこまで真実か怪しい、となって「真相解明を手伝ってくれ」と言うから、二人でフロリダにあるジェリーの家を訪問しました。万が一のこともあるから、記録用としてカメラも据えて、さながらインタビューのようなことを始めました。「マネーロンダリング事件が起きていて、捜査の協力を依頼されている」「地元銀行で情報収集するよう指示されていて、職員たちの会話を録音したり、写真を撮っている」と。その話の中で、何故か相当な額を中国警察に送金しているということが分かり、これはただごとじゃないぞと。それでジョナサンと僕は一度部屋を出たんだけど「…なんか映画っぽいよね」という話になり、映画にするならドキュメンタリーかフィクションか、と企画がスタートしました。 ――実際に被害に合われたジェリーさんが今回、脚本と主演を担当していますね。どういう経緯だったのでしょうか? ジェリー・シュー:元々は今の話の通り、二人に自分が起きたことを話していただけでした。記録を残していたので、詳細を覚えており、それがそのまま脚本になっていったという感じ。その後、キャスティングの話が出てきて、これも当初はアジア系俳優をキャスティングする予定はあったようだけど、英語の出来る俳優がなかなか見つからないということで、ジョンとロー監督から頼まれたのです。嫌だったけど、僕も趣味として芝居自体は好きだし、彼らを助けると思って引き受けました。スパイ映画になるんだったらやってもいいよ、と。 ――スパイ映画的な要素を持ちながら、ドキュメンタリー的な要素もあって、かなり手の込んだ構成ですよね。その二重の入れ子構造がジェリーの内面にとても肉薄していて、大変効果的でした。どうしてこの形式でやろうという話になったのですか? ロー・チェン監督:「スパイ映画をやろう!」とジェリーが言い始めて、その“スパイ映画”の要素が、本作の劇中劇の部分になっています。確かにかなり手の込んだ構成にはなったけれど、常に意識したのは、ジェリーの本質的なものや彼の人生にどれだけ肉薄していくか、という点。ストーリーとしては、ある一人の移民がお金を騙し取られたという話で、別にCNNやニューヨークタイムズのネタになるような話じゃない。一大スペクタクルに出来るような話ではないという自覚はあったけれど、実際に世界中のシニアに起きていることなので、やるからには教訓になりうるような作品にもしたかったのです。 いわばドキュメンタリー・サンドイッチ(劇映画の中にドキュメンタリーがある)という一風変わった構造にはなっているけれど、本当に大事なのは手法ではないし、ネタバレも重要ではありません。何故なら、最後の驚きが待っているから。劇映画によくあるような犯人逮捕とか家宅捜索が入るとか、ハリウッド的なエンディングは起こりません。それが現実です。だからこそ、どうやってジェリーはこの悲劇から喜びを見出すのか、どうやってこの新しい世界を生きていくのか、老齢者誰しもが抱えている問題を探索していく作品に仕上がっていると思っています。 ――中国警察を騙る人たちとは具体的にどれくらいやりとりをしていたんですか? ジェリー・シュー:3~4週間くらい、毎日電話のやり取りをしていました。奴らはとにかくずっと行動しているように仕向けてくるんです。「明日は何時何分に電話しますね」「今夜はお電話できますか?」という感じで、いつも忙しくさせることで、こちら側の思考を止めるんです。物事をゆっくりと考える余裕が無くなってしまう。「そうだ、明日の朝に電話を掛けないと!電話…電話…」と、ずっと頭の片隅で思っているうちにこうして巻き込まれてしまうんですよ。本物の警察官だと信じているから、助けになりたいとも思ったし。 ロー・チェン監督:ジェリーの体験の通り、リサーチして分かったのは、奴らは背景音も含めて本当に立派な寸劇をやっているんですよ。受話器の向こう側で警官同士が話しているような音も聞こえてくる。相当に手の込んだ芝居をしていると思いますよ。 ジェリー・シュー:それもまた巧妙なのが、普段は他愛もない日常会話みたいなことを続けるんです。主に朝帯の電話が多かったけれど、だいたい10~15分くらいの電話を毎日。ランチは何を食べるか、山と海どちらが好きか、または警官の家族の話だったり、こちらの身体のことも気遣ってくれて。「こんなに親身に協力してくださる人はいないですよ! 帰国したら名誉市民扱いです」なんてことも言われました。すっかり友達気分でしたね。そして、わたしが本当に信頼し始めたと踏んだところで彼らは次の段階に入るんです。「それでは隠しカメラを付けてください」と。何も疑わなかったです。だって警察ですから、まさか自分のお金を横取りされるなんて思ってもないわけで、絶対に返ってくるものと信じていました。それに、アメリカで移民として生きていると、なにか権威的なものに敏感になってしまうというか。 ――お父さんからの告白を受けて、ご家族の反応はどうでしたか? ジョン(プロデューサー):映画の本編中にも映像として収められているけれど、まあ怒りや悲しみ、ショックですよね。ただ、私自身は職業がプロデューサーなものですから、常に問題に対してはどうやって解決するかというマインドにすぐ切り替わるタイプなんです。まずはFBIに立件してほしいから、提出用の証拠や記録をかき集めようと、話しました。そして事細かに父のストーリーを追いかけ、それが結果として映画になりました。 ――その後、ご家族とのコミュニケーションはどうですか? ジョン(プロデューサー):これまではたまに連絡を取り合うくらいだったのが、今は毎日グループチャットや何かしらの方法で家族全員が連絡を取り合っています。元々はもうみんな立派な大人で、それぞれのキャリアを歩んでいて、それぞれ子育てもしていて、そんなに頻繁に連絡を取る余裕なんてないと思っていました。そもそも連絡を取り合っても他愛もない話で終わったりしていたけど、もっと突っ込んで状況を聞きあうべきだったと思います。まさに今がそんな感じです。どこの誰と会っているとか、近隣に友達はいるのかとか。詐欺みたいなことに引っかかると普通は恥ずかしくて言えないなんてこともあるので、普段から単刀直入に話せるようにしておくべきですね。 ジェリー・シュー:まあ、実際に地理的にも離れているし、男同士だと特に話すこともなくて。何かイベントみたいなことがある時は話すけど、改めて話すようなことは普段からなかったのです。こんな事件がきっかけだけど、また家族で集まることができて楽しいですね。今のほうが以前より親しく付き合えている気がします。散々な目にあったけど、それを忘れるくらいです。でも一つだけ言いたいのは、息子たちは何一つ悪くないってこと。だって、わたしが話さないもんだから、知りようがないのです。 ――息子さんたちと一緒に映画を撮ってみて、その活躍の姿を見て、今どんなお気持ちですか? ジェリー・シュー:幸せそうな息子を見られて本当に嬉しいです。賞をもらったり、この作品でも世界中を渡り歩いて、見事にキャリアを成功させました。なによりも自分の好きなことをキャリアに出来て良かったですね。「映画なんかじゃ生計をたてられないぞ! 一生皿洗いになるかもしれないんだぞ」とわたしから伝えた時期もあったけど、「映画が撮れるなら皿洗いでも構わない!」と言い返されたんだ。好きじゃないことを毎日やらなければいけないのはそれこそ拷問だから、好きなことをして結構なことじゃないかと、奥さんも言っていました。そんな息子の姿を見れて、いま本当に嬉しいです。 ――息子さんから見て今のお父さんはどうですか? 被害にあった時は大変だったと思いますが…。 ジョン(プロデューサー):こんな父の息子であることが誇らしいし、幸せです。逞しいし、良い意味で頑固ですね。普通こんな目にあったら人は壊れてしまうと思いますが、父はそうならなかった。僕の身に同じようなことが起こったらとてもじゃないけど父のように対処できる自信はない。けど、ひょっとしたら出来るのではないかという一縷の望みを教えてもらえます。それに「人助けをしよう」というモチベーションでこの作品に参加してくれているので、そこが一番嬉しいです。僕の父は、人助けをしているんです。あと、映画を撮りながら感じたのが、こんなにも僕の知らない色々な世界を持ってる人なのかという驚き。父のことを何も知らなかったということなのかな。父という存在に安心しきっていたというのか。父は立派なスパイで、素晴らしい役者です。 ――大変なことがあったにも関わらず、映画を撮っている姿はとても楽しそうでした。暗い気持ちにならずに次に進めた秘訣は? ジェリー・シュー:そもそも僕は楽観主義者なので、辛いことも笑い飛ばしてしまえ、という心持ちではあります。後悔なんかしたところで仕方ない、起きたことは起きたことなんだから。拘っていても仕方がない、というのがわたしのモットーです。ひたすら前を向いて、さあどうやって稼ごう、どんな仕事をして稼ごうと意識をリセットしていきました。でもね、たまに考えますよ。あのお金が取られていなかったら、今頃どんな生活をしていたのだろうか……クルーズ船にでも乗っていたのだろうか……なんてね。でも、まあクルーズ船に乗らなくても生きてはいけますから。本当に大事なものは出ていくものではないんだ、ということを実感した日々でした。 ――お金に対する価値観は変わりましたか? ジェリー・シュー:どんなに金持ちであっても物質的なものは消えていくもの。もちろん富があればそれなりに自由な生活を謳歌できるけど、ある程度の制限の範囲内でも生活は出来る。この年齢になって、なにより大事なのは健康だと思い知るようになりました。どんな大金を持っていても体が健康でなければ楽しめない。だから普段から健康に気を遣って運動をしたり、私は私の生活を楽しんでいますよ。