【「本屋大賞2025」候補作紹介】『恋とか愛とかやさしさなら』――最愛の恋人が盗撮で捕まった。信じることの純度を問う恋愛小説

BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2025」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、一穂ミチ(いちほ・みち)著『恋とか愛とかやさしさなら』です。 ****** 一穂ミチ氏は、2022年に『スモールワールズ』、2023年に『光のとこにいてね』が本屋大賞にノミネートされました。そして2025年、直木賞受賞第一作となる恋愛小説『恋とか愛とかやさしさなら』がノミネート。 カメラマンの新夏は、交際5年になる啓久に東京駅の前でプロポーズされて「はい」と即答します。しかしその翌日にもたらされたのは、啓久が通勤中の電車内で女子高生を盗撮していたという知らせでした。啓久は逮捕されず、事件は示談で済んだものの、これを機に幸せいっぱいだった新夏と啓久の関係は一変します。 読者はおそらく「もし自分が新夏の立場だったらどうするか」を考えるでしょう。一生をともにしたいと思うほど愛していた恋人が、見知らぬ女性を盗撮した。恋人は「出来心のようなもの」「二度としない」と言うけれど、それを信じてよいのか、この先もずっと信じ続けられるのか、自分の傷ついた気持ちはどうすればよいのか、相手を心から許すことはできるのか――。 新夏の友人で啓久の同僚でもある葵はこう言います。 「このまま目を瞑って結婚するって選択、全然ありだと思う」 「愛情って、総合的な判断のことでしょ」(同書より)。 葵は盗撮が軽い罪だというわけではないが、それ以上に啓久との結婚を手放すのはもったいないと諭します。 いっぽう、過去に痴漢被害に遭った経験を持つ啓久の姉・真帆子は、強烈な嫌悪感を示し、「示談になろうが、私にとって肉親が性犯罪者っていう事実は一生変えられない。でも、あなたはその足枷から逃れる選択肢もあるんだから、絶対にそのほうがいい」(同書より)と新夏に啓久と別れることを薦めます。 「恋とか愛とかやさしさなら、打算や疑いを含んでいて当然で、無垢に捧げすぎれば、時に愚かだ幼稚だと批判される。なのに『信じる』という行為はひたすらに純度を求められる」(同書より)と苦しむ新夏。もし相手のことを一瞬でも生理的に無理だと感じてしまうことがあったとしても、私たちは相手を信じること、愛することはできるのでしょうか。 同書は二部構成になっており、後半は啓久の視点で物語が進みます。ある日、自分が盗撮した女性から突然声をかけられて困惑する啓久。そこから両者の交流が始まることで、加害男性、被害女性が持つ葛藤についても描かれます。 テーマがテーマだけに、万事解決とはいかない終わり方にモヤモヤした気持ちが残る人もいるかもしれません。しかしだからこそ、それぞれに考えさせられるところがあるかと思います。そしてどうしようもない日々を生きる中で、未来に対してひと筋でも明るい光が残されているところに、読者は大きな救いと希望を見出せるのではないでしょうか。 [文・鷺ノ宮やよい]

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