10年前には妨害も 天皇陛下ご即位20年祝賀、公立学校で国旗掲揚へ

10年前には妨害も 天皇陛下ご即位20年祝賀、公立学校で国旗掲揚へ
2009年11月5日23時0分配信 産経新聞

 5日の衆院予算委員会では国旗国歌の取り扱いをはじめ民主党の教育政策の方針が取り上げられた。天皇陛下ご即位20年の祝賀の日となる今月12日には全国の公立学校で国旗を掲げる閣議決定がすでにされ、鳩山由紀夫首相もこの方針を変えないことを明言した。4日に発売された「学校の先生が国を滅ぼす」(産経新聞出版)には今から10年前、天皇陛下ご即位10年の際の国旗掲揚をめぐり、組合教師らが執拗(しつよう)に妨害を繰り返す大阪府内のある学校の実態が克明に記されている。

 《天皇皇后両陛下御在位十年の祝賀の日である十一月十二日(金)、私は国旗を粛々と掲げるために午前五時に出勤しました。午前六時三十分、誰も出勤してこない時刻に私と教頭は国旗を持って上がり、掲揚台にいつでも上げられるように国旗を取り付け、教頭をその場に残して私は校長室に戻りました》

 なぜ午前5時に学校長が出勤するのか。国旗掲揚を妨害する組合教師たちの陰湿な攻撃を避けるためだ。閣議決定で国旗掲揚の通知にも現場は従わない。職員会議で深夜まで「つるし上げ」が続き、追い詰めていく。通知は反故(ほご)にされる。糾弾的な討議を断ると「話し合いを拒否した」と逆に騒ぎが大きくなる。

 校長はこの日、不測の事態に備え屋上に通じる予備の鍵まで用意して臨んだ。

 《午前八時二十三分、組合役員が国旗掲揚を阻止するために校長室へやって来ました。私は先日明言した通り「会いたくありません。話し合う必要はありません」と断り、校長室のドアを閉めて施錠しました》 組合役員が大声で叫び面会を求める。校長は携帯電話で屋上に残った教頭に掲揚を命じる。登り口には組合教師が座り込んでいる。教頭は屋上に立ち往生し、座り込みが解けた午前9時15分に階下に戻れた。

 《午後二時ごろ分会長が「抗議声明」を持ってきましたが、私が校長室から出ないので教頭に手交し、「日の丸は誰が掲げたのか」と抗議しました》

 糾弾はその後、むしろ大きくなった。校長室に鍵を掛けたことを組合が文書で非難してくる。反論すれば今度は反論自体が非難対象に。元校長はこうつづる。

 《祝賀の日に国旗を掲揚するというごく普通のことをするのに、これほどの大騒ぎをしなければならない学校の現実を世間の人たちはどう思われるでしょうか。実に嘆かわしいことですが。これが公立学校の実際の姿なのです》

 あれから10年。学校での陰湿な対立構図は今も全国の至る所に残ったままだ。

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