あけましておめでとうございます。と、書くのも申し訳ないほど遅くなりました。新年の2回、お休みを頂きました。 2025年は昭和100年なのだそうで、1968年の明治100年を小学1年生で体験し、記憶している者としては、また随分と時間がたったものだと、感慨にふけるばかりです。 明治100年では、俳人の中村草田男(なかむら・くさたお)が「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠みましたが、2025年の年末に草田男に匹敵する俳句が誕生しているかどうかは、昭和という時代を推し量るバロメーターになると言えるでしょう。 同時に、敗戦の1945年から80年でして、以前書いた「ゴジラとトットちゃんと鬼太郎と」「日本80年周期説」からすれば、今年は第2次世界大戦以来の敗戦が来る、ということになります。この説、ジャーナリスト・作家の半藤一利(1930~2021)が提唱したものと知り、これは無視できないのではないかという気もしてきています。この夏、誰がどこに向かって土下座することになるのかもまた、今年の見ものなのかもしれません。 では、以下本編。 新年、長めにお休みをもらったのは、私の疲労が限度を超えてしまったからだった。一昨年(2023年)12月に9年半介護した認知症の母89歳と6カ月を見送り、張り詰めた気持ちが緩み、疲れが出てくるタイミングで「H3」ロケットの打ち上げが成功し、宇宙関連の仕事がどっとやってきたのである。 結局2024年は『日本の宇宙開発最前線』と『ロケットサバイバル2030』の、2冊本を出した。こんなことは、小惑星探査機「はやぶさ2」が打ち上げられた2014年以来である。はやぶさ2の時は、2冊がほぼ同時出版でめちゃくちゃな仕事量になり、疲労のあまり私は首に帯状疱疹(ほうしん)を発症して1週間入院、あまりに痛くて眠れないので病室で寝ないで看護師さんから隠れて原稿を書くという経験をした。今回は2冊の発行時期がずれたのでさすがにそこまでひどい目に遭わなかったが、それでもぼろぼろになった。 その中で本連載はどうやって書いていたのか。「数時間執筆作業をしたら、もう一文字も書けなくなるので、敷きっぱなしにした布団に入って数時間横になる。すると幾分脳の疲れが取れるので、また起きて原稿を書けるところまで書いて、書けなくなったら寝る」。これを毎週繰り返して書いていたのである。 品質管理に問題ありだ!――その通りです。申し訳ありません。 やったことがある方には当たり前の事実、やったことがない方でも「少年ジャンプの長期連載」と考えるとなんとなく想像ができるだろうが、週刊の連載を長期間続けるというのは、それは過酷なものだ。なによりも、じっくりと自分を休める時間がなかなか持てない。ネタ出しに2~3日、執筆に2~3日……これだけで週5~6日は埋まってしまう。 私は過去に週刊媒体に合計6年間勤務したことがあり、その大変さは知っていた。そして連載を続けるためには、いかに自分を休ませる余裕が重要かを理解していた。 だから本連載も、連載前に打てるだけ手を打って、それから始めた、母の介護中だったので、近い将来に母の葬式を出すことになっても連載を継続できるようにするというのも留意した。 だが、それでも「母の死とH3打ち上げ成功が波状攻撃をかけてくる」という事態は想定していなかった。いやもう、人生、なにがあるか分かったものではない。 ●米陸軍では「睡眠は義務」 物事を長期間続けるために必要なのは、続ける意志は当たり前として、自分が消耗しきってしまわないように、計画的に休息の時間を持つことだ。 「今、ここで体力的な無理をすれば●●を達成できる」という発想が正当性を持つのは、達成後に十分な休息を取れる場合に限られる。会社のマネジメントでは、往々にして「ほら、できたじゃないか。だから次も同じスケジュールで、いやもっと頑張ればもっとできるだろうから、もっときついスケジュールで」という管理が行われることがあるが、これは長期的に見ると破滅のわなである。体を壊して長期間休職とか、程度によっては死んでしまうとか、いずれにせよろくなことはない。 米陸軍の行動規範には「指揮官は、睡眠の規律を強調し、訓練において十分な睡眠を取れるように計画しなければならない」とあって、実際に作戦行動中は「睡眠は義務だ」として8時間睡眠を徹底するのだそうだ。