『べらぼう』森下佳子脚本の運命の引き裂き方が容赦ない 田沼意次×松平武元が最期に見た夢

「なんか夢見てるみてぇだ」 瀬川/瀬以(小芝風花)が去った吉原の朝。蔦重(横浜流星)の耳には、瀬川が朝食の準備をしている音が聞こえてくる。しかし、それは叶わなかった夢の風景。「いつまで寝てんだい」という瀬川の憎まれ口も鮮明に想像できるところに、どれだけ蔦重が欲していたのかが伝わってくるようだ。すぐそこまで手に入りかけた幸せ。それが今は煙管のけむりのごとくふわりと消えてしまった。 一方で、その別れが無意味なことではなかったと思わせてくれる場面も。忘八こと女郎屋の主人たちが集まる場では、大黒屋の女将・りつ(安達祐実)が女郎屋を廃業して「芸者の見番をやろうと思う」と覚悟を語っていた。女芸者たちをしっかりと差配する見番がいれば、意にそぐわず色を売らされてしまうような事態を防げるのではと考えてのことだった。 他にも、女郎たちが病を患ったときには「寮でしっかり休ませよう」といった、女郎たちの待遇を改善しようという声が上がる。様々な理由で吉原にたどり着いた女たちにとって楽しい思い出でいっぱいの場所にしたい、そう蔦重が瀬川と見た夢は駿河屋(高橋克実)の心を動かし、女郎や女芸者にとって「ましな場所」を目指そうという働きかけにつながっていた。 叶わなかった夢が引き寄せる、夢のような現実。そうやって人々の営みは続いていくのだろう。みんながツキまくる世界なんてものはこの世にはない。再逮捕によって肩身の狭い思いをしている鱗形屋(片岡愛之助)を見かけると、やっぱり誰かのつまづきの上に成り立っているように感じるツキに胸が痛む。しかし、だからこそ立ち止まるわけにはいかないのだ。 きっと蔦重の頭のなかには平賀源内(安田顕)が掛けた言葉が脳裏をよぎったことだろう。泣いたり笑ったり、人々が「こんな物語に出会えたなんてツイてるな」と思わせる本を作っていくしかない、と。そのためにも、まずは瀬川から託された夢のひとつ「恩が恩を呼ぶ物語」を形にしようと青本作りに着手することを心に決めた蔦重だった。 だが、そうして蔦重の心をいつも奮い立たせてくれてきた源内の様子がおかしい。日本最古の電気機器と言われる源内のエレキテル。摩擦によって静電気を発生させる装置で、そのパチッとした瞬間に体の中にある悪いものが出ていくというような触れ込みで人気を博していた。 もちろん、その放電現象に万能薬のような効能があるわけではないと、現代人の私たちは知っている。この時代の人々も最初こそ珍しがり、思い込みの効果もあってちょっと気分が良くなったかもしれない。 しかし、やがて「効かない」という感想があちこちから聞こえるようになり、さらにはパチッともしないニセモノが出回る。一時は人手が足りないとなげくほどに人気を博したエレキテル。しかし、今ではすっかり「インチキ」呼ばわり。さらに、エレキテルをめぐって仲間割れも経験して、すっかり人間不信に陥っているようだった。 そんな源内のもとに、田沼意次(渡辺謙)から頼まれごとが舞い込む。それは時の将軍・徳川家治の長男、家基(奥智哉)が鷹狩りの最中に突然命を落とした真相を突き止めるというもの。家基はかねてより意次の政策に対して批判的だったため、意次は真っ先に疑いの眼差しが寄せられていた。

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