湯河原いじめ自殺1年 「子どもと同じ景色見て」、小林正稔・第三者委員長

湯河原いじめ自殺1年 「子どもと同じ景色見て」、小林正稔・第三者委員長
カナロコ by 神奈川新聞 2014年4月10日(木)10時48分配信

 湯河原町立中学校でいじめを受けていた男子生徒=当時(13)=が自殺した問題は、教育現場や社会に何を問い掛け、何を教訓として残したのか−。「自殺はいじめの結果と推認できる」と結論付けた第三者委員会の小林正稔委員長(県立保健福祉大教授)は、「大人が注意深く接していれば状況は違った」と訴える。中学2年の進級直後に自ら命を絶った悲劇から、10日で丸1年。「その死を決して無駄にしない」ため、調査の過程で浮かび上がった課題と再発防止策を探る。

 「いじめによる自殺は県内でずっと続いている。もうやめたい、起きてほしくない。何としても、彼の死を無駄にしたくない」

 県内の児童福祉分野に長く関わり、1万人近い子どもたちに接してきた小林委員長。数多くのいじめ問題にも向き合ってきたからこそ、その思いは強い。

 町や町教育委員会に対し第三者委がまとめた報告書の公開を求めたのは、「悲劇を二度と繰り返さないため」。大人として子どもに何を伝えるべきかと、「良心の問題」として調査を重ねた。常に根底にあったのは「彼の死をどう理解するかが、子どもたちを育む基本になる」との思いだ。

 男子生徒が抱いていた思いをどう受け止めるか。ほかの多くのケースと異なり、湯河原の男子生徒は生前、いじめられた相手などへの恨みや憎しみを一切口外しなかった。だからこそ、自殺に至るまで内に秘めてきた苦悩を理解する重要性が増す。

 自殺した当日の学級委員への立候補、親に心配をかけたくない、いじめを受けていた同級生ともうまくやりたい−との思い。「男子生徒が同級生と離れようとすればできたはずだ」と指摘し、こう分析する。「彼は最後まで努力している。努力してきたが、魔が差してしまった。あえて言えば、燃え尽きてしまった」

 男子生徒が入学直後から1年間にわたり受け続けたいじめ。自殺直後のアンケートで約2割の生徒がいじめの実態を指摘したにもかかわらず、学校現場はその事実に気づくことができなかった。小林委員長は「彼がされていたようなことが、日常の中で珍しくなく起こっていたのだろう」と推測し、「後になってから、その行為がいじめだったと認識することの方が多い」と強調する。

 それは、ほかのケースを含め、いじめた側の生徒にも言えることだ。「『相手が嫌だと言わなかったからいいと思っていた』という言葉は重い」。当時、ちょっとやり過ぎたと思っていても、その行為がいじめとは認識していなかった。そこに深刻な悲劇性を見る。

 小林委員長が繰り返すのは、大人の在り方や子どもとの関係性だ。「大人が子どもを見ていない。見ていれば、もうちょっと違った展開があったのでは」。教師をはじめとする大人たちは自分のことに一生懸命で、周囲が見えていない。「大人の怠慢、日常的にやるべきことを怠った結果、若い命を失ってしまった。社会全体の責任だ」

 不安を抱えながらも自立に向かう思春期の子どもたちが、大人に頼ってはいけないとの風潮は強い。大人は度々「思春期の子どもは分からない」と口にする。しかし、「子ども自身が自分のことを分かっていないときに、頼るべき大人にそう言われると、余計に混乱する」。子どもとの距離を埋めながら健全な情緒の発達を考えないと、根本的解決には到達しない。

 そもそも教育とは、時間や手間がかかるもの。「生きていく上で逸脱してはいけない範囲や、正しいやり方を示すのが本来の教育であるはず」と説く。だが、今は「悪いことをすると、それをただして訓練する」という指導が目に付く。何か問題が生じて、子どもの責任だけを問うのは「大人の無責任」だ。

 「これを越えてはいけない」ではなく、「はみ出たものは排除する」という発想。湯河原のケースに限らず、訴えがなければ対応しなくていい、という意識は変えなければならない。

 では、子どもたちと接する際に、大人は何を心掛けるべきか。

 小林委員長は「子どもの顔をちゃんと見て、同時に子どもと同じ景色を見る姿勢を持ってほしい」と呼び掛ける。心理カウンセラーが相談者に45度の角度で向き合うのは、相手の顔と相手が見ている景色を同時に見られるから。目に映る景色と、相手の感じ方を共有することで、互いに共感を深められる手法という。

 しかし、「今の大人は『子どもの顔を見て』と言うと顔だけを見てしまう」。家庭・地域・学校が補い合うという理念の広がりを期待するとともに、こう願う。「ちょっと工夫をしてほしいだけ。少しだけ子どもと同じ景色を見られれば、世の中は変わる」

 ◆湯河原中の男子生徒自殺問題 男子生徒は昨年4月10日午後、自宅で「誰も僕の心をわかってくれない」などと記したメモを残し、首をつって自殺した。町教委による生徒らへの聞き取りやアンケートの結果、頭や頬を手でたたくといった暴力行為や、物を隠すなどの嫌がらせがあったことが判明。第三者委は3月、暴力行為などのいじめが約1年間続いていたと指摘した上で、「自殺はいじめの結果によるものと推認でき、両者には関連性が認められる」と結論付けた調査報告書を公表。教員らがいじめに気付くチャンスはあったとし、「日常の教育活動が手抜きになっていた」などと学校側の対応を非難した。

 【第三者委員会がまとめた 答申書の概要・提言】
・男子生徒の自殺はいじめの結果によるものと推認でき、いじめと自殺の間には関連性が認められる
・支援対策本部がまとめた調査報告書の事実経過はおおむね適切だった
・自殺後に学校が直ちに事実調査に着手したことは適切だったが、加害者とされる生徒を絞ることが性急に過ぎたきらいがある
・男子生徒が自殺した4月を町の「いじめ防止・人権月間」のように位置付け、小中学校で講演会などに取り組むこと
・町がどんな子どもを育みたいと考えているかについて、宣言や条例の制定をすること
・町教委はいじめ防止対策の実践について毎年検証を行い、町議会に報告すること
・支援対策本部と第三者委の調査報告書をできうる限り公開し、教訓を関係者で共有すること

 こばやし・まさとし 1956年長野県生まれ。愛知学院大文学部心理学科卒。県立保健福祉大保健福祉学部教授、臨床心理士。県内児童養護施設のスーパーバイザーも務める。昨年4月、湯河原町立湯河原中学校2年の男子生徒が自殺した問題では、いじめと自殺の因果関係などを調べる第三者委員会「湯河原町いじめに関する調査委員会」の委員長を務めた。鎌倉市在住。58歳。

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