論文コピペで博士号…不正告発した教授を「大学が排除」のその後
現代ビジネス 2019/8/22(木) 13:01配信
論文不正を告発し排除された2人
国立大学法人岡山大学の森山芳則・元薬学部長と榎本秀一・元副薬学部長が、14年9月25日に下された「学部内でのパワーハラスメント行為や外部への情報提供を理由に下された停職などの処分」を不服として、停職処分の無効確認と地位確認を求めた民事訴訟は、ものの、両氏は広島高等裁判所に控訴、8月14日、「控訴理由書」を提出した。
大学側の各種処分は、岡山大学で横行していた論文不正に気付いた両氏が、当時の森田潔学長に内部告発した結果だった。
森山氏は、「判決は絶対に承服できない」として、控訴理由を次のように語る。
「裁判所は、『論文不正はなかった』という大学側の主張を全面的に採用。しかも、我々を排除するために行なったパワハラ調査委員会の結果を受け入れ、処分理由にした。大学の隠ぺい工作に裁判所が手を貸した。こんなことが許されていいハズはありません」
この判決は、「フリーライター伊藤博敏への情報提供」と、私の実名を挙げ、そうした情報をもとに行なった記事が、「被告(岡山大学)の最高学府としての権威や研究への信用性を大きく揺るがせるもの」として断罪した。
これは看過できない問題である。
両氏が、地元メディアや私への情報提供を行なった14年1月から2月にかけては、論文不正問題が医薬業界を揺るがせていた頃である。
厚生労働省は、14年1月9日、医薬品大手・を薬事法違反で東京地検に告発。
これは降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)に関するものだったが、ひとつの医薬品、1社のメーカーの問題ではないことは、医薬業界関係者なら誰でも知っていた。
私は、両氏の情報をもとに、本サイトを含む幾つかの媒体で記事にした。
(14年2月13日配信)と題する記事では、事件の背後には、「製薬業界と大学(研究者)の癒着がある」としたうえで、両氏の告発の意味を次のように書いた。
「その第一段階の『癒着』を、大学内部から改革しようとする貴重な告発者が現れた。岡山大学薬学部の森山芳則薬学部長と榎本秀一副薬学部長である」
その思いは、5年を経た今も変わらないのだが、大学と両氏の争いはどのようなものだったのか。
「この件については騒がないで欲しい」
発端は、11年頃、「実験を行なっていない大学院生の学位論文」に、2人が素朴な疑問を抱いたことだった。なぜ、学位論文を提出できるのか――。
調べると、他人の論文をコピーしただけ。既に同じ手法で2名の博士号が発行されていた。しかも“手引き”したのは指導教授だった。12年1月、森山氏はその実態を大学に告発した。
ところが、同年3月、森田氏に呼ばれた森山氏は、「この件については騒がないで欲しい」と伝えられた。「(不正暴露をやれば)大学が大変ことになる」という理由だ。
森山氏は研究者として許せなかった。さらに論文不正の横行が伝えられたため、学生から有名教授の研究論文まで、200本以上を調べたところ不正を疑われる論文が28本にも及んだ。映像の使い回し、統計データの杜撰な使用、データの捏造……。
しかし、大学側は無視を貫く。最後の措置として森山氏は、13年12月、大学の規則「研究活動に係る不正行為への対応に関する規定第4条」に基づく、公式の内部告発を行なった。
この間、森山、榎本の両氏は追い詰められていた。前身が旧制岡山医科大学で歴史があり、森田学長以下執行部は医学部出身者で占められている。
彼らは、薬学部に対して圧力を加え、12年12月、森山氏に2回目の学部長選挙に出馬しないように要請、同時に、榎本氏の更迭を要求する。
森山氏は双方拒否、13年4月、両氏は教員の支持を受けて薬学部長、副薬学部長に選ばれ、第2期体制をスタートさせる。
だが、執行部は森山、榎本の両氏に部内でのパワハラ行為があったとして、13年9月、ハラスメント防止・調査委員会を組織、両氏へのヒヤリングを行なった。
その結果、パワハラ認定を行ない、一番目の停職・解雇理由となった。二番目の理由が記者会見や取材を通じて、論文不正や隠ぺい行為があったという情報を流し、「大学の名誉と信用を著しく毀損した」というもの。
私やメディアへの情報提供が処分理由になっているわけだが、両氏は、研究者としての良心に従って「不正を正すことが権威や研究の信頼性を高める」と、信じて告発を行なった。その相手が学長だったという意味ではルールに則っている。
が、大学側は反応せず、不正を隠ぺいしたばかりか、逆に学部内での改革を進める両氏を、ハラスメント委員会を通じて攻撃してきた。
森山氏と榎本氏が、14年に入って行なった情報提供は、この情報を公にすることが公益に適うと判断したからで、本来なら2人は公益通報者保護法で守られるべき存在。また、この問題は、後にノバルティス事件以上の騒動となるSTAP細胞事件にも絡む。
内部告発ができなくなる…?
理化学研究所の小保方晴子・研究ユニットリーダーが「あります!」と断言したSTAP細胞のネイチャー誌掲載の論文は、画像の不正や論文の盗用発覚によって、論文撤回に追い込まれ、STAP細胞は否定されて終了した。
その過程で、小保方氏の論文不正は、11年に提出した早稲田大学大学院の博士論文にも浮上。大量のコピー&ペーストや実験映像の盗用などがあり、「信憑性は著しく低く、博士学位が授与されることは、到底、考えられない」と、酷評された。
同時期、大学院生の博士論文に不信を持って調べていたのが、森山、榎本両氏であり、私は、本サイトで(14年8月7日配信)と題して記事化した。
両氏もまた、小保方氏とは別のサイドから「パンドラの箱」を開けてしまったのである。
その告発は価値あるものだ。岡山大の論文不正は、ディオバンが人気降圧剤になる背景やSTAP細胞がデッチ上げられる過程と同じく、解明され公表されるべきものだろう。
だが、岡山地裁は価値を認めなかった。逆に両氏のパワハラを認め、情報を外部に伝えた行為が、名誉と信用を毀損したとして、解雇相当の結論を出した。
根拠は大学のハラスメント防止委員会の審査結果であり、研究不正については15年3月、学内の調査委員会が出した「不正はなかった」とする報告書である。
岡山地裁が無視するのは、薬学部のトップに過ぎない2人と、大学執行部として予算も人事も握る森田氏らとの力関係である。
各種調査委員会の人選も執行部が行なうなか、その意向とは違う結論が出されるとは思えず、その調査結果をもとに判断を下したから「解雇相当」の結論となった。
この判決を認めれば、組織の了解を得なければ、内部告発(公益通報)が出来ないことになってしまう。
同様にメディアは告発者の代弁を出来なくなってしまう。森山氏のいう「裁判所が組織と一体になって不正を封印」した事実は重く、「告発する権利を確保する戦いでもある」という認識のもと、10月から始まる控訴審を厳しく見守りたい。