カナダ先住民の子供たち215人はなぜ「行方不明者」として闇に葬り去られたのか?
クーリエ・ジャポン 2021/6/24(木) 18:00配信
黒人差別、アジア系差別、今度は先住民虐待と、西洋の植民地主義にまつわる暗い歴史が厳しく問い直されている。最近、カナダで先住民の子供たちの遺体が大量に発見されて再注目されている残酷な同化政策の背景に、先住民研究者が光を当てる。
カナダの隠された歴史のおぞましい一面が、2021年5月27日、世界に衝撃を与えた。ブリティッシュ・コロンビア州にある旧「カムループス・インディアン寄宿学校」敷地内の墓標のない集団墓地で、先住民の子供215人の遺体が地中探査レーダーによって発見されたのだ。
カナダ先住民の子供たち15万人が、家族や部族から引き離されて寄宿学校に入れられた。トカムルプス(この地名の英語の呼称がカムループス)で遺体で発見された子供たち215人(最年少は3歳)もそこに含まれる。それは、先住民の部族をその歴史と文化もろとも解体し、未来を奪う大々的な植民地主義プログラムの一環だった。
そのためにカナダが発動させたのが、「子供の内なるインディアンを殺す」ための制度だった。だがこの制度は、子供自身を殺すことがままあった。
目下のところ、それぞれの子供の死因を特定する証拠はないが、その死が政治的な死だったことを私たちは知っている──こうした子供たちは「行方不明者」にされていたのだ。
植民地主義的な人口管理プロジェクト
トカムルプスでの恐ろしい発見は、大々的で攻撃的な同化プロジェクトのことを私たちに思い出させるものだ。
「インディアン寄宿学校」は、先住民の諸部族に対するカナダ国家主導の暴力の中心にあった。先住民部族の後継ぎである子供たちはそこで、「インディアン性」を計画的に剥奪されたのだ。
先住民の生活は破壊され、子供たちが親や先祖から受け継いだものは跡形もなくなるまで「殺菌」され、カナダ人の体へと「再包装」された。
カナダ国家が国家形成を構想する際に目を向けたのが、有力なキリスト教会によって定められた既存のインフラだった。
教会は、ヨーロッパの君主たちが先住民の諸部族と接触してからほどなくして、人口管理に関わっていた。
やがてこうした寄宿学校の約60%を運営していくことになるカトリック教会は、強硬派の占領者だった。
巨大な生産計画における分工場のように、国家は教会の広いネットワークを充分に活用し、「原材料」たる先住民の子供たちの採取作業をまとめていった。
子供の遺体の集団埋め立て地が記録もなく、隠されてカムループス・インディアン寄宿学校の敷地にあったことからも明らかなように、そうした先住民に対する制御は、生だけでなく死にまで及んでいた。
死と哀悼の政治
先住民の多くが理解しているひとつの事実は、生の重さが植民地主義のプリズムを通して測られているということだ。
私たちは生きていくなかで、「歴史の指」の重みが計りにしっかりのしかかっていることをすぐに学ぶ。見過ごされることが多いのは、その生における不均衡な配分がいかに死にまで持ち越されるかということだ。
先住民の死がその生と同じく、いかに哀悼され記憶されるかは、政治的支配の問題だ。カナダ国家は教会と組んで長年、一方的に、先住民の死に対して主権があるかのようにふるまってきた。
それが最も先鋭化した形で現れているのが、トカムルプスでの蛮行だ。そこから見えてくるのは、カトリック教会が子供たちから生きる手段を形成し、生きる目的を選ぶ力を否定しただけでなく、その死をめぐる共同体の支配までも否定したということだ。
カトリック教会はトカムルプスで、こうした子供たちの生も死も知られ、記憶され、記念される価値がないと判断したのだ。
トカムルプスのカトリック教会はさらにひどいことに、死亡を証明するはずの公式記録から子供たちを削除し、意図的に忘れ去られるようにした。
死亡の証明書類など、臨床的で人情に欠けるように思われるかもしれないが、現代における死の記憶という点では、極めて重要になっているところもある。文化的にさまざまなやり方はあれど、それは死を確認し、死者が生者と社会的な「余生」を送ることを可能にするひとつの方法だ。
死を確認する術もなく、痛ましい空白がいつまでも消えないことを、研究者のポーリン・ボスは「あいまいな喪失」と呼んだ。
「はっきりしないままの喪失──死亡証明も喪失の正式な認定もないからだ。そこには解決もなく、終わりもない」
故人の思い出と遺体は別々のことのように思えるかもしれないが、多くの文化では両者が密接につながっている。物理的な身体は、カトリックと変わらず、先住民の儀式の多くで中心的な位置を占めており、そうした儀式が死者との社会的な連続性を養っているのだ。
「死の人類学」を研究するマシュー・エンゲルケは次のように述べている。
「記念はしばしば、死者を記憶する以上のことを伴う。亡霊や先祖が望むものに真剣に関わることが求められるのだ。適切な葬儀、1杯のビール、ごちそう、お金、ふさわしい墓石、トナカイの血、親族の血──」
行方不明者をめぐる真実
トカムルプスでの蛮行は、「真実と和解委員会」による真実の検証をすり抜けてしまった。
2008年に委員会が立ち上がる何週間も前、カトリック教会は、集団墓地が存在するのではないかという疑惑を突きつけられた。だが当時、教会は何も知らないと否認していた。
今回、子供たちの遺体が見つかるまで、カトリック教会は子供たち215人を「行方不明者」としておくことに甘んじていたのだ。
行方不明者が出れば、特有の深い悲しみが生まれる。家族や共同体は、愛する者が生きているのか死んでいるのか、遺体がどこにあるのかもまったく定かでなく、哀悼を先延ばししたままの状態に置かれる。それは死に明け渡された生であり、生者に介入の機会は与えられていないのだ。
子供たちの遺体が見つかったいま、遺された家族や共同体や部族はようやく、遺体の管理と追悼と記念について考えはじめることができる。どうするかは彼らの決めることであり、そのためにあらゆる支援と資源が提供されるべきだ。
カナダで先住民同化政策の寄宿学校跡地から未成年215人の遺体が発見された問題を受け、国内外で批判が広がっている。
5月27日に遺体が発見されたのは、西部ブリティッシュコロンビア州カムループスの先住民寄宿学校の跡地。遺体の中には3歳児も含まれていた。
カナダでは19世紀から20世紀にかけ、政府とキリスト教の教会団体が先住民寄宿学校を運営し、同化政策を行っていた。
カナダ政府は2008年に正式に、この同化政策について先住民に謝罪している。
一方、こうした学校を数多く運営していたキリスト教カトリック教会は、直接の謝罪をしていない。
そうした中でローマ教皇フランシスコ1世は6日、遺体発見に心を痛めていると発言。
カナダの政治家と宗教指導者らに対し、今回の発見の真相究明と、和解と癒しの道を見つけるために「決意を持って協力」するよう呼びかけた。
寄宿学校の生存者ジェラルディン・リー・シングースさんがBBCの取材に応じ、在校中に受けた虐待について語った。
【AFP=時事】カナダの先住民の代表が、先住民を同化させる目的で100年以上前にブリティッシュコロンビア(British Columbia)州に建てられた寄宿学校の跡地から215人の子どもの遺骨が発見されたと明らかにした。
先住民、トゥカムループス ・トゥ・ セフウェップェンフ(Tk’emlups te Secwepemc)のコミュニティーは、ブリティッシュコロンビア州カムループス(Kamloops)近くにある学校跡地で専門家による地中レーダーを使った捜索を行ったところ、この学校に在籍していた子どもたちの遺骨が確認されたと今月27日に発表した。
コミュニティーの代表を務めるロザンヌ・カシミア(Rosanne Casimir)氏は、3歳の子どもの遺骨も見つかったとして、「想像を絶する犠牲だ。口づてでは聞かされてきたが、(学校の管理者によって)記録されることは一度もなかった」と述べた。
同氏によれば、予備調査の結果は、来月に報告書で発表される。
「カムループス・インディアン・レジデンシャル・スクール(Kamloops Indian Residential School)」は、19世紀後半に設立された139の寄宿学校の中では最も大きく、一度に最大500人の生徒が在籍し、1890年から1969年まで、カナダ政府の意向でカトリック教会が運営していた。
こうした学校に強制的に入学させられた北米先住民やイヌイット、メティス(白人と先住民との間に生まれた人)の子どもたちは合計で約15万人に上り、校長や教師から肉体的・性的に虐待され、文化と言語を奪われた。
今日では、このような経験が要因となり、先住民社会では貧困率と自殺率が高く、アルコール依存症やドメスティックバイオレンス(DV)が多いとされている。【翻訳編集】 AFPBB News