判決が示した部活「柔道死」の中身 残った遺族の不信感
産経新聞 2013年5月18日(土)18時19分配信
大阪府立桜宮高校での体罰や女子柔道代表選手らに対する暴力行為と、スポーツ指導のあり方が社会問題化する中、注目すべき判決が今月14日、大津地裁で言い渡された。滋賀県の町立中学校で柔道部の練習中、当時の顧問に投げられて意識不明となり、その後亡くなった部員の遺族が顧問らに損害賠償を求めた訴訟。判決は、町に約3700万円の支払いを命じ元顧問の過失を認定する一方で、元顧問の賠償責任は認めなかった。部活中の「柔道死」の背景には何があったのか? 判決文から真相を追った。(加藤園子、小川勝也)
■気温30度超の柔道場で
事故は平成21年7月、滋賀県愛荘(あいしょう)町立秦荘中学校で起こった。死亡したのは1年の村川康嗣君=当時(12)。県内有数の強豪だった柔道部の中で、初心者は康嗣君ともう1人だけ。康嗣君は173センチの“長身”だったが、ぜんそくの持病があり、母の弘美さん(45)は当時の男性顧問(30)に練習メニューなどに配慮を求めていた。
事故当日の7月29日、柔道場内は気温30度を超えていた。1年生にとって初めての乱取り練習。顧問が水分補給を指示した際、康嗣君は水筒の置き場とは違う方向に歩くという異常な行動をとった。その後、顧問が相手となって乱取りを続けたが、顧問が康嗣君の大外刈りを返し技で倒した瞬間、康嗣君の意識がなくなった。
康嗣君はすぐ病院に搬送されたが、約1カ月後の8月24日に死亡。死因は急性硬膜下血腫だった。
その後、町は第三者調査委員会を設置。事故原因の究明などに当たったが、「(初心者には)厳しい指導だったが事故との明確な因果関係は不明」などと、踏み込んだ回答はなかった。
このため弘美さんは「講師は安全配慮義務を怠った」として23年3月、顧問と町に約7600万円の損害賠償を求め、提訴した。
■「なぶり殺されたようなもの」
町側は当初、全面的に争う姿勢を見せたが、後に元顧問の過失と町側の賠償責任を認めて和解を申し入れた。しかし、「日常的な暴力があった」「校長にも日常の練習をチェックする監督責任がある」と主張する遺族側と折り合わず、判決を迎えることとなった。
「事務的な判決。責任の所在が深く言及されておらず、とても不服」。判決後の会見で、弘美さんは怒りで手を震わせながらこう話した。怒りのポイントはいくつかある。
弘美さんは「なぶり殺されたようなもので苦痛は計り知れない」などとして、顧問による日常的暴力を主張していたが、判決は「部員を平手でたたいたり尻を蹴ったりしたことは認められる」とする一方、証人となった部員の供述が変遷しているとして「日常的暴力を振るっていた事実を認めるに足りる証拠はない」と退けた。
また、校長の監視義務についても、「判断するまでもない」と深く言及されなかった。
さらに、教員らの過失については当該自治体の教育委員会を被告に訴えるのが通例だが、弘美さんは「練習に無理があり、生命に危険を及ぼす恐れがあった。職務の範囲を逸脱している」として、民法に基づき教諭個人の不法行為責任を問うた。
だが、裁判所はこの請求を棄却。過去の判例を挙げ、国家賠償法に基づき「公務員の職務上与えた損害で、個人として責任を負うことにはならない」とした。
■柔道指導者の義務を明記
弘美さんの兄でを設立した義弘さん(51)は、「一定の評価はできるが、判決を書くための最低限の判断しかされていない。遺族の主張全てに対して判断を下すべきで、安易な判決と言わざるを得ない」と、判決を一蹴した。
一方で、義弘さんが評価したのは、判決に部活動の指導者の義務が明記された点だ。
(1)生徒の実態に応じた合理的で無理のない活動計画を作成する義務(2)練習中にけがや事故が生じないように練習で生徒が確実に受け身を習得することができるよう指導する義務(3)部員の健康状態を常に監視し、異常が生じないように配慮し、必要に応じて医療機関への受診を指示または搬送を手配すべき義務−がそれだ。
ただ、明記をしながら、今回の事故に関して判決で検証されたのは(3)のみだった。水分補給で異常な行動を取ったことを挙げ、「意識障害が生じている可能性を認識し得た。この時点で練習を中止させ、医療機関を受診する義務を怠った」などとしている。だが、そもそも初心者にそぐわない「しごき」だったのではないかという疑問に答える(1)や(2)には触れなかった。
遺族側代理人は、講師個人の賠償責任が棄却された点について、「誰が見てもおかしい状態で危険な技を掛けた。公務員が人を殺したというのに近い。特殊性を考えてほしかった」と話した。
■「根性論」で事故はなくならない
柔道は、柔道が他のスポーツと比べて練習中の死亡率が飛び抜けて高いとされる。
「『きつい練習を乗り越えてこそ強くなる』という根性論がある限り悲惨な事故はなくならない」。柔道事故を研究する名古屋大大学院の内田良・准教授(教育社会学)はこう指摘する。
一方で、柔道を含む武道が昨年度から必修化されたことに対する懸念が高まっているが、「授業と部活道での危険性は別物」と強調する。内田教授によると、柔道事故の9割は部活道中に発生している。
「授業は時間数が少ないうえ初心者を教えるので危険な事故は少ない。ただ部活動は厳しい練習を乗り越えた経験者が経験則で指導することが多く、特に柔道は暴力的な練習になりがちだ」と内田教授。判決については、「そもそもフラフラになるまで練習をしていたことが問題」と話し、(3)以前の過失に言及しなかった点に物足りなさを示した。
「再発防止を願い提訴したのに、こんな内容ではスポーツ事故はなくならない」。遺族や柔道事故被害団体関係者にとって、不信感が残る判決だったようだ。
※正確には「全国柔道被害者の会」ではなく「全国柔道事故被害者の会」です(管理人)