中居正広(52)の『解決金9000万円女性トラブル』が波紋を広げる中で、1月9日の夜に、中居が声明を発表した。しかし、声明文の中に世間の感覚とのズレを感じさせる一文があり、非難の声はなくならない。 女性誌の第1報では、和解金が支払われ、すでに解決していると報じられており、業界関係者の間ではすぐに収束するだろうと思われていた。しかし、『週刊文春』によってトラブルの詳細が明らかになり、被害を受けた女性が同誌の取材で現在の心境を明らかにしたことで、中居とフジテレビへの非難の声は大きくなっていった。 「中居に対しては、記者会見を開くべきだ、という声が業界内外から上がっていましたが、結局声明文を出すにとどまっている状態です。その結果、さらに批判が大きくなりましたが、当初は、そのまま逃げ切るつもりだったのかもしれません」(スポーツ紙記者) そもそも、最近は不祥事を起こしても、タレントが記者会見を開くことが少なくなってきている。 中居もそうだが、近いところでは、松本人志(61)だ。騒動が報じられてから1年経った昨年の12月25日、ようやくネットニュースサイトで親しい芸能記者の取材を受けたが、語った内容に世間が聞きたい、知りたいことは何もなかった。同じ『松本人志問題』に関していえば、『スピードワゴン』の小沢一敬(51)も雲隠れしたままだ。『パンクブーブー』の黒瀬純(49)に至っては、一言も説明のないまま、昨年6月に自身のインスタグラムを更新し、復帰を宣言している。 「’23年10月に“当て逃げ事故”を起こした『FUJIWARA』の藤本敏史(54)も同様です。彼の運転する車は赤信号の交差点に進入し、別の車に接触。しかしそのまま走り去り、同年11月14日に道路交通法違反(事故不申告など)容疑で東京地検に書類送検されました。 その後、不起訴になりましたが、会見を一切開かないまま、気がつけば復帰。今では『ロンドンハーツ』や『アメトーーク!』(共にテレビ朝日系)などで自虐ネタとして披露していますが、SNSでは《全く笑えない》《うまく逃げたなという印象しかない》という批判は未だ少なくありませんね」(テレビ誌ライター) ◆いつから、このような風潮に? 記者会見、特に謝罪会見は長い間、日本の芸能界の“慣習”として存在していたが、必ず開かねばならないものでもない。ただ、会見を開かなかった芸能人が、そのまま芸能界からフェードアウトしていった例もあるが、最近は1年以内に復帰というパターンが増えている。昨年8月に、女子大生との“アパ密会”を報じられた『KAT-TUN』の中丸雄一(41)も会見を開かないまま、1月3日に活動再開を発表している。いつから、このような風潮になったのか。 「大きな原因となっているのはネットの普及です。わざわざ会見を開かなくても、それに代わって発信できるツールができたことでしょう。それまでは会見を開くか、各メディアにファックスかメールして、それを公開してもらっていましたが、そんな面倒くさいことをしなくてもよくなったからです。自分で発信できてしまいますから。 ただ、ケースバイケースで、コメントを発表しただけでは非難の声が収まらず、仕事に支障が出そうな場合は開かざるを得ないでしょう。また、大御所というか昔気質の芸能人は、直接自分の声で伝えたい気持ちが強い人が多いですね。例えば、不倫問題を起こした俳優の原田龍二(54)は、会見での誠実な対応が高評価を得て、すんなり復帰できました」(大手芸能プロ関係者) タレントの性格にもよるということか。では、問題を起こした芸能事務所はどう思っているのか。 ◆「やらなきゃよかった」 「もちろん、やりたくないですよ。おカネもかかるし、会見を開いたからといって、必ずしも良い結果になるとは限りません。かえって状況が悪化することのほうが多い。もちろんあらかじめどんな質問が出るかシミュレーションはします。しかし、『アンジャッシュ』の渡部建(52)が多目的トイレでの不倫騒動で’20年12月に会見して失敗したように、想定外の質問が出て対応ができず、紛糾してしまうことがあります。 唐田えりか(27)との3年間に及ぶ不倫が発覚し、’20年3月に謝罪会見を行った東出昌大(36)もまさかの質問が出て、正直に答えたのはいいが、さらに責められることになりました。タレントも事務所も、やらなきゃよかったと悔やむ場合が多いようです」(前出・関係者) さらに、記者の集中砲火を覚悟のうえで、会見に臨む、肝の据わった芸能人が少なくなったことも原因ではないかと思われる。たとえば、1990年にハワイの空港で、大麻所持容疑で逮捕され、空港で会見を開いた勝新太郎や、意外なところでは、’17年“に不倫会見”を開いた斉藤由貴(58)などは質問の“かわし方”も上手かった。 彼らと比べてはいけないが、1月17日に記者会見を開いたフジテレビの港浩一社長(72)は、大企業のトップとして、すべての責任を負う覚悟があるのか、あの会見からは感じ取ることができなかった……。 「謝罪会見」が死語となる日は近い──。