1月29日、ハンガリーの首都ブダペストにあるアパートの一室から出火し、日本人女性みどりさん(43歳、仮名)の遺体が見つかった。当初、地元警察はたばこによる失火と断定したが、元夫のデイビッドがみどりさんへのDV(ドメスティック・バイオレンス)を繰り返していたことを知る友人たちの声で再捜査を開始。2月3日に元夫が殺人容疑で逮捕された。事件から2カ月がたつが、彼女を知る人たちの間には、その人柄を悼む声と、警察や日本大使館の対応への憤りがやまない。 「困った人を見るとすぐに話しかけて友達になる自称『おせっかいおばちゃん』でした」と、日本人の友人は語る。10年以上ブダペストに住んでいたみどりさんは、新しく来た人には国籍を問わず積極的に手を差し伸べた。 「バスや電車の乗り方や、どこで何を買ったらいいか教えてくれるだけでなく、人と人をつなげるのが大好きだった。常に自分より友達を優先する明るく思いやりのある謙虚な女性だった」「国籍を問わず、困っている人を温かく迎え入れた。そんな彼女だったからこそ、死後にこれほど多くの人々が立ち上がり、デモが起こることになった」と、友人たちは口をそろえる。 ■「黒いオーラ」を持つ男 2月8日にブダペストで行われたデモには日本、ハンガリー、イスラエル、フィンランド、アメリカ、ロシアなどさまざまな国の出身者が参加した。デモの中心メンバーの1人であるロシア人ジャーナリストのアナスターシャ・ソコロワによれば、みどりさんは経済的に苦しかったアメリカ人女性の家を「母親と子供には清潔な家が必要」と、無料で掃除していたという。 みどりさんは約20年前、留学先のアメリカで知り合ったデイビッドと結婚。ドイツを経て、10年ほど前にハンガリーに移り住んだ。友人たちの評によれば、デイビッドは「黒いオーラを持つ」人物だ。「目が合うと身がすくんで動けなくなる。『日本人は嫌いだ。近寄るな』という独特の雰囲気だった」と、日本人の友人は証言する。子供たちが日本語を話すことさえ嫌っていた。父親の米国籍を捨て、母親のアイルランド国籍を選択。未成年時にアメリカで犯罪を犯した経歴があるデイビッドは、今もオンラインで違法に収入を得ていると、みどりさんは友人たちに打ち明けていた。 ■ハーグ条約で帰国できず ハンガリーのDV被害者支援団体パテント協会のユリア・スプロンズ弁護士によると、デイビッドの意向で子供2人はいずれも出生地主義のブラジルで生まれ、日本、アイルランド、ブラジルの三重国籍者だった。デイビッドは友人に「ヨーロッパはもう終わっている」「何かあったときに、いつでも違う国に行ける」と話していた。 子供が生まれた後、みどりさんに対するデイビッドの暴力は次第に激しくなった。「ハンガリー語がしゃべれず学歴もないせいで、おまえは仕事にも就けない」と日常的に罵倒され、ベランダで首を絞められたり、銃を突き付けられることもあった。しかし、みどりさんが相談しても、地元警察はデイビッドを1日拘束しただけで釈放。ハンガリーでは取得が難しい銃の所持免許を持っていたが、それも取り上げられなった。 ■「もうすぐ帰国」その直前に事件は起きた 首を絞められた事件をきっかけに、みどりさんは子供たちを連れて日本に一時帰国する決断をした。ところが帰国直前、デイビッドは国境を越えた子供の不法な連れ去りを防ぐハーグ条約違反に当たる、と主張。みどりさんは上の子供を残していったん日本に帰国したが、結局ハンガリーに戻らざるを得なかった。 その後、不倫関係にあった女性と結婚するため、デイビッドはみどりさんに無理やり共同親権に合意させ、2023年3月に離婚した。共同親権を選んだのは、「共同で育てる」名目なら養育費を支払わなくていいからだった。離婚後、デイビッドはオランダに移住。一方、みどりさんと子供たちはブダペストに残され、経済的に困窮し、日本の実家からの仕送りと掃除の仕事で何とか生活していた。 離婚後もデイビッドは数カ月に1度、事前の連絡なくブダペストに戻り、みどりさん宅に滞在するようになった。その時も自分の食べ物だけを買い、困窮する家族には何も与えない。23年7月、みどりさんはパテント協会のスプロンズ弁護士に相談。ハーグ条約に違反せず日本に帰るため、共同親権から単独親権への切り替え申請を始めた。 これがデイビッドを激高させた。彼はみどりさんのパソコンを盗み、子供の学校や友人たちにみどりさんを中傷するメールを送り付けた。恐怖を感じた彼女は部屋の鍵を交換したが、アパートの持ち主はデイビッドの両親となっており、共同親権者だったことからも、警察はデイビッドが家の中に入ること認めた。 単独親権への切り替え手続きは今年1月にはほぼ終わり、3月には正式な許可が得られる見込みだった。 「もうすぐ日本に帰れる。もう何も望まない。ただ、子供たちと静かに暮らしたい」と帰国を心待ちにしていたみどりさん。そんな矢先の1月29日に事件は起こった。 事件後、地元警察は不適切な対応について謝罪し、担当した警察官5人の懲戒処分を決定した。DV問題の対応を訓練された警察官の増員や、過去1年間のDV報告の再調査にも踏み切った。 ■日本大使館の対応に疑問 みどりさんの友人たちは日本大使館の対応にも疑問を持っている。デイビッドは子供たちのパスポートをみどりさんに返そうとしなかった。DVや子供のパスポート発行について何度も相談していたにもかかわらず、大使館は「元夫の同意を取って」と指示するだけだったという。「DVの場合は緊急にパスポートを発行できるのに、大使館はそれをしなかった」と友人たちは悔やむ。「母国へ子供を連れ帰ろうとする母親の70%が暴力の被害者。ハーグ条約は虐待加害者に有利に働く」と、スプロンズ弁護士も指摘する。 友人たちのデモやソーシャルメディアでの情報発信の結果、日本の外務省も在外公館の対応や情報共有、DV対応研修の強化を国会で約束した。 生前のみどりさんは、自分のDVやハーグ条約の問題を周囲とシェアしていた。だからこそ警察が失火と発表した時に、誰もがそれは違うと声を上げることができた。海外でのDV被害をめぐる環境に大きな変化をもたらした彼女の死を、私たちは語り継いでいかなければならない──友人たちはそう訴えている。 変化の代償はあまりに大きすぎたが。