先日の第97回アカデミー賞で作品賞と脚色賞にノミネートされた映画『ニッケル・ボーイズ』(日本では劇場未公開。Amazonプライムビデオで配信中)は、野心的な試みの注目作だ。原作はピュリツァー賞(フィクション部門)を2度受賞した現代アメリカ文学を代表する小説家、コルソン・ホワイトヘッドの同名小説。実際にフロリダ州の少年院内の高校で起きた凄惨な事件をもとに、そこで懸命に生きた黒人青年2人の友情が描かれる。2011年に閉鎖されたこの施設では密かに職員による黒人生徒への暴行、拷問、さらには殺害まで行われていた。後の調査で敷地の地下から行方不明だった黒人生徒の遺体が大量に発見されている。このおぞましい出来事をどう描き、伝えるか。本作は大胆な手法でそれに応えている。なんと全編、黒人青年から見た一人称視点、つまり“主観映像”で描いているのだ。主人公の黒人青年エルウッドが見た世界を観客がダイレクトに追体験する作りだ。 時は1960年代。彼は祖母の愛情を一身に受けて育つ。メイドとして働く彼女が白いシーツを被せて遊んでくれる。幼い彼が祖母を見上げる印象的なカットだ。本好きで賢い青年へと成長した彼は進学先の大学へ向かう道すがら、たまたま親切な黒人が運転する車に乗ったことで人生が暗転。不当逮捕され、少年院・ニッケル高校へ送られてしまう。 「問題行動があれば罰が待っている。厳しい罰がな……」 教師がいう“罰”とは通称「ホワイトハウス」と呼ばれる懲罰小屋での鞭打ち。外の世界ではキング牧師による公民権運動やアポロ計画が進んでいた60年代の米国。その一方で、全く時代錯誤な世界が当時、確かに存在したのだ。途中から少年院で出会い、親友となるターナーの主観映像も加わり、2人の黒人青年の視点が交錯しながら物語が展開。最後はあっと驚く結末が描かれる。没入体験型の新たな名作である。 INFORMATIONアイコン『ニッケル・ボーイズ』 https://www.amazon.co.jp/dp/B0DVX8R5XG/