東大病院の不正は患者情報流出だけではない
東洋経済オンライン 2014年3月16日(日)15時40分配信
東京大学医学部附属病院が中心となり22の医療機関が実施した慢性骨髄性白血病(CML)治療薬を用いた医師主導臨床研究「SIGN研究」で、254人分の患者情報が大手製薬ノバルティスファーマの手にわたっていたことが明らかになった。不正に流出した患者情報の中には、性別や生年月、イニシャル、副作用情報などのほかに、個人が特定できる患者IDも203人分が含まれていた。
これらの事実は3月14日に東大病院が記者会見で明らかにした。医療機関から製薬メーカーに患者情報が流れること自体があってはならないことだが、規模の大きさや不正が1年近くにわたって続いたことから見ても、前代未聞の不祥事といえる。
■ 実質は製薬メーカー主導
問題となった医師主導臨床研究については、ノバルティスの記者会見および独自取材を元にして、記者はこれまで複数回にわたって「実質は製薬メーカー主導」と指摘している(ノバルティス、白血病薬不正の隠せぬ証拠、厚生労働省に重要事実「隠ぺい」の疑惑など)。 具体的には、臨床研究実施に際しての患者へのアンケート用紙や説明文書作成などにノバルティス社員が関与した形跡があったほか、アンケート結果を同社社員が臨床研究に参加した医療機関から入手して東大病院に運んでいたことなどが、同社の発表や取材を通じて明らかになっていた。
今般の東大病院の調査では、そうした実態が改めて確認されるとともに、患者IDの流出や医師が作成するルールになっている学会発表資料の一部がノバルティス社内で作成されていた事実も新たに判明した。
医師主導臨床研究は、その名前のとおり、そもそも製薬メーカーから独立したものでなければならない。もし製薬メーカーから一定の支援を受けた場合には、その内容を明示することが、利益相反に関するガイドラインなどで決められている。東大病院は「学内や学会発表における現行の利益相反規定に基づいて申告されており、明白なルール違反はなかった」と今回の調査報告書で述べている。
その一方で、「透明性の観点からノバルティス社から(今回の臨床研究の推進の役割を担った研究会組織である)Tokyo CML Conference(TCC)への役務提供があったことなどについて、この研究自体に関する利益相反として(学内の)倫理審査申請時や学会発表時に開示しておくべきだった」とも報告書の中で説明している。
東大病院の門脇孝病院長は「患者IDが流出したことは、一連の事例の中でも最も深刻な問題だ」、「製薬メーカーから役務の提供を受けたことはそれ自体が医師主導臨床研究のルールからの重大な逸脱だった」と述べている。
だが、問題はそれだけではない。医療倫理の面でもきわめて深刻な事態が起きている。
記者が入手した東大病院作成の患者向け説明文書には次のような記述がある。「私たち(=東大病院)は、これらの情報(=性別や年齢などの患者の個人情報)が本臨床研究関係者以外の外部に流出したり目的外に利用されたりしないように適切に保護します」「あなた個人を特定されないように匿名化した番号で管理し、個人情報を利用させていただきます」。
また、東大病院の説明文書にはこうも書かれていた。「臨床研究が、研究者や企業の利益のためになされるのではないかとか、研究についての説明が公正に行われないのではないかといった疑問が生じることがあります。このような状態を『利益相反』――患者さんの利益と研究者や企業の利益が相反(衝突)している状態――と呼びます。この研究は金銭的な利益やそれ以外の個人的な利益のために専門的な判断を曲げるようなことは一切ありません。また研究薬の企業との雇用関係ならびに親族や師弟関係等の個人的な関係なども一切ありませんので、この研究では『利益相反』することはありません」。
しかしながら、この説明はまったくの虚偽であり、個人情報は製薬メーカーに流出していた。しかも、研究の中心を担った東大病院の医師が不正に手を染めていた。
虚偽の説明を行ったということは、正しい情報を提供したうえで患者の自己決定を導き出す「インフォームド・コンセント」にも反している。インフォームド・コンセントについては、世界医師会の「ヘルシンキ宣言」(人間を対象とする医学研究の倫理的原則)に定められており、そこでは正確な情報に基づく被験者への十分な説明義務が明記されている。
わが国の「医療法」第1条の4第2項では、インフォームド・コンセントについて、「医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければならない」と述べられている。また、厚生労働省が定めた「臨床研究に関する倫理指針」では「被験者の福利に対する配慮」が科学的利益に優先されることが明記されている。
■ 医療の倫理の面でも逸脱
こうしたことを踏まえ、記者は会見の場で「患者に正確な情報を伝えないまま、メーカーが関わっていないことにして同意書を書かせているのは、医師倫理の問題につながってくるのではないか」と問い質した。門脇病院長は「医療の倫理の面でも逸脱した点があったことは否定できない」と認めた。
深刻なことに、臨床研究への不正関与の形跡はほかにも次々と見つかっている。東大病院によれば、ノバルティスの医薬品を用いた医師主導臨床研究のうち、「SIGN研究のほかにも新たに4件で同社による役務提供があったとの報告がある」(齋藤延人副院長)。そのすべてがSIGN研究と同じく東大病院の血液・腫瘍内科(黒川峰夫教授)を舞台にしているという。
日本を代表する大学病院と製薬メーカーのもたれ合い構造の解明は、緒に就いたばかりだ。
岡田 広行