日大悪質タックル問題がスポーツ界に残した「教訓」と「課題」
スポーツ報知 2019/2/21(木) 16:29配信
「やばいヤツになっちゃった。あれ(反則タックル)をやるから試合に出られたから」。心配する仲間から「大丈夫か?」と声をかけられると、タックルした日大アメリカンフットボール部の選手はこんな言葉を返してきた―。
昨年5月6日に行われた日大対関学大の定期戦。取材を進めると、試合後、タックルした選手は自分の行為を深く後悔していたことが分かってきた。同22日に選手は記者会見し、あの試合で何があったかを詳細を語っている。証言の内容は試合から約2週間たっても変わっていなかった。
今月5日、警視庁は傷害容疑で告訴された前監督、コーチの2人について、傷害の意図を持った指示があったとは認定しなかった。約200人の関係者の証言や映像など、半年以上をかけて捜査した結果とされる。
やり取りは密室だった。監督は会見で「やらなきゃ意味ない」との証言を否定している。捜査でも「指示した」との第三者の証言はなかったとされる。また、コーチは「相手を潰せ」と言ったものの「(けがを負わせる)そういう意味ではない」と釈明している。ただ、「何も出来ませんでしたじゃあかんぞ」とは言ったという。
関東学生アメリカンフットボール連盟、大学が設置した第三者委員会は、指導者の「指示」を認定しており、捜査結果とは真逆の結果となった。捜査では強固な支配関係、主従関係にあっても、あのタックルは選手の「思いこみ」「誤認」によるものとされた。
「指示がなかった」という結果を聞いて、違和感を感じたのも事実だ。ただ、捜査当局が「証拠がない」と判断した以上、司法の場で裁くことはできない。証拠がないまま、人を裁くことが可能になれば、法治国家ではなくなるだろう。
刑事処分は見送られたものの、日大が今回の事件で失ったものは大きい。米国では「スポーツは大学の玄関」と言われているという。スポーツは大学のイメージアップに大きく貢献し、発信力は高い。逆にそうした影響力を考慮せず、対応を間違えれば、大きな批判にさらされることになる。
監督、コーチはスポーツの現場に戻ることは難しい状況になった。大学も学生、教職員からの信頼を失った。私学助成金は35%減額され、今年度の受験者数も大きく減るとみられている。受験料の収入がなくなれば、しわ寄せは学生や教職員が被ることになる。
絶対的な立場から「潰せ」と迫られれば、選手はどう行動するのか。指導者はその想像力を欠いていた。「誤った言葉の選択をしていた」との批判もある。日大に限らず、いまだに竹刀を持って練習に現れ、選手をこづいたりする指導者を目にすることがある。今回の事件は、まだ一部に残る“日本的”なスポーツ指導の限界を示した出来事ではなかったか。
「昨年は本学にとって激動の一年でした。足元をもう一度見直さなければならないような出来事もありました。しかし、『ピンチ』は『チャンス』です。こうした立ち止まりが未来を創る上で、重要なきっかけになると思います」。
今年創立130周年を迎える日大の広報誌には、田中英寿理事長のあいさつが掲載されている。これまで理事長は公の場で説明をしていないため「足元を見直さなければならない出来事」が何を指すのか不明だが、今回の事件が念頭にあるのは間違いないだろう。
常勝チームは2部に降格されたが、新監督を迎え、指導方法なども抜本的に見直した。日大はプロ・アマ問わず、多くの有能な指導者や選手をスポーツ界に送り出している。様々なスポーツ施設や教育施設を整備するなど、ハード面も国内有数だ。他大学では今回の事件をきっかけに、これまでの指導方法を見直し、スポーツについて本質的な議論が交わされている。国外に目を向ければ参考にすべき事例はいくらでもある。
スポーツの価値とは何か。指導者と選手の関係、コーチングはどうあるべきか。タックル問題はスポーツ界に大きな教訓と課題と残した事件だった。(記者コラム・久保 阿礼)