「あれは性暴力だったんだ」小学校担任から受けた性的接触、20 年後に気付いた被害 # 性のギモン
共同通信 2023/4/26(水) 16:00配信
三重県在住の平野利枝さんは、小学生だった30年以上前、担任の男性教諭から性暴力を受けた。担任は当時、休日にクラスの子たちを班ごとに自宅に呼ぶ「お泊まり会」をしていたという。消灯後、担任は平野さんの布団に横たわり「キスしようか」と言って唇を重ねてきた。あまりの驚きと恥ずかしさで体は硬直。担任はやがて学校内でも性的接触を求めるようになった。
それでも、友達にも親にも助けを求めることはできなかった。理由は、「先生が悪いことをするはずがない」と思い込んでいたから。性暴力の被害と分かったのは大人になったずっと後のことだ。つらい記憶を封じ込めていたせいで、原因不明の体調不良に長年、苦しめられた。(共同通信=松本智恵)
「みんな担任に支配されていた」
被害に遭ったのは小学6年。教諭は小学3年からの「持ち上がり」で4年間、担任だった。いつも威圧的で、急に怒鳴る。子どもたちは顔色をうかがい、逆らうことが絶対にできない存在。また、普段からクラスの児童同士を競わせ、運動会などの団体競技では1位になることを求められた。「児童はみんな担任に『支配』されていた」。一方、一部の教員からは「熱心で学級をまとめ上げることのできる力のある教師」と憧れられる存在でもあったという。
平野さんに対する担任の行為はお泊まり会の後、次第にエスカレート。休み時間や放課後の学校内でもキスをしてくるようになった。修学旅行では夜に部屋に入ってきた。多くの同級生が隣で寝ている中、平野さんのパジャマをめくって胸を触り、耳元で囁いた。「温かいね。おっぱい大きいね。これがペッティングと言うんだよ」。嫌でたまらなかった。 生き地獄のような日々だったが、子どもの自分はあまりに無力で、逆らうことができなかった。
「そもそも自分がされた行為 が性暴力なのかどうかも分からなかった。波風を立てずに学校生活を送るだけで精いっぱい。相談するという考えがなかった」
「あの行為は指導ではなかった」
卒業後は担任に会うこともなくなり、記憶は心の中に押し込めた。しかし、その記憶は心身をむしばんでいた。高校2年の時、急に息ができなくなるなどの体調不良に襲われ、その後は大量の薬を服用する日々が続いた。原因は自分でも分からない。高校を休みがちになり、東京の大学に進学する夢は諦めた。
原因が分かったのは2013年。きっかけは、偶然見たある展示だ。子どもへのあらゆる暴力について扱っていた。いじめ、虐待といった項目の中に「性暴力」の言葉を見つけ、はっとした。「そうか。あの担任がした行為は指導ではなく、性暴力だったんだ」。思い切って心療内科で過去の被害を打ち明けると、苦しめられた体調不良の原因が、性暴力による心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。小学校卒業から約20年以上がたっていた。
「本人が認めないから処罰できない」
2018年、中学校の同窓会に参加し、久しぶりに会った小学校時代の同級生からこう言われた。「担任から性暴力を受けていたこと、知っていたよ」。被害者が自分以外に複数いることも知らされた。裁判を起こすことも検討したが、既に時効が成立している。
地元の教育委員会へ連絡し、被害を相談。「担任」が今どこで何をしているか調べてもらうと、今も現役の教員だった。担任がいる自治体の教育委員会に対し、処分を求めて被害を訴え出たが、「本人が認めず、処罰できない。これからは当事者同士で解決をしてほしい」という回答。平野さんは「真実を知りたい」と思い、担任に手紙を書き、面会を求めた。
ただ、性暴力の加害者に直接会うのは危険で、本来すべきではない。そこで当時の同級生や保護者、同じ学校に勤めていた教員らの支援を受けながら、2年間に4回会い、対話を重ねた。担任は最終的に事実を認めて謝罪した。
「あの時、クラスの中をのぞいていれば」
性暴力を未然に防ぐ、そして解決する仕組みが学校現場には不十分だという課題も残されている。平野さんはこう訴える。「精神的に支配され、性暴力で心身ともに疲弊させられても、自分が被害者だと気がつけないことがある。長い月日がたった後に自覚しても、加害者が『覚えていない』と言って逃げてしまえば、また野放しになる。加害者がその後も子どもに関わる仕事をしていたら、新たな被害者が出るかもしれない」
文部科学省によると、2021年度に公立小中高校と特別支援学校で児童生徒らへの性暴力やセクハラを行い、懲戒処分や訓告を受けた教員は216人。前年度より15人多く、9年連続で200人台と高止まりを続けている。ただ、これはごく一部だ ろう。平野さんに対する加害教諭のように、認めて謝罪しても処分されていない教員がいる。
「絶対に同じような被害者を出したくない」。平野さんは2021年、小学校で別のクラスの担任をしていて、以前から自身の被害を相談していた大原康彦さんと一緒に「要望書」を作り始めた。教員による性暴力を防ぐための対策と、被害があった場合の初期対応について、教育委員会に提出するためだ。
実体験に基づいた対策
大原さんにとっても、平野さんの話は衝撃だった。「被害を打ち明けられた時、自分がいた学校でまさかこんなことが起こっていたと思うと本当につらかった」 。ただ、思えばあのクラスにはおかしな点があった。窓や扉が一年中締め切られていたためだ。
「そのおかしさに気がつくことができ、中をのぞいていたら被害に気がつけたかもしれない」
平野さんと大原さんが要望書に盛り込んだ「予防策」は、被害者の実体験が基になっている。
たとえば
�]�下から教室内が見えるようにする
��空き教室を完全施錠する
�6技佞�児童生徒を一対一で個別指導しない
�ご浜�職、担任以外の教職員が各教室を見回る
�デ�齢や成長に応じた「性の大切さ」を教える
�Χ軌�同士でお互いの言動を指摘し合える仕組みを作り出す
など。
被害発生時の初期対応策は
�|暴�の教職員2人以上で児童生徒から話を聞く
�∋�童相談所や警察などの専門家につなぐ
��心療内科医との連携、加害教員への聞き取りは専門的知見を持った第三者機関が行う
�た邑△貿枸犬靴疹紊農�暴力があったことを保護者や他の児童生徒に説明する
などとなっている。
子どもの安全や権利侵害、あってはならない
この要望書は2021年12月、教育委員会に提出された。この教育委員会ではかねてから 教室に死角がないか確認する「教室『見える化』チェック」や、教員がボディタッチや性的な発言をしていないか自身の行動を振り返る「わいせつ・セクハラチェックシート」を作成していた。運用にあたって要望書の内容や平野さんたちの意見を参考にしている。性暴力が発生時の初期対応マニュアルも作成中だ。
教育委員会の担当者はこう説明している。 「教員が子どもの安全や権利を侵害するのはあってはならないこと。今後も被害者の方などの意見を聞きながら対策を考えていきたい」
子どもの知識不足と大人の問題意識の低さ
平野さんの活動は終わらない。大原さんらとともに2022年5月、性暴力被害者がつながり、再発防止の仕組みをつくるため「声を聴きつなぐ会」を設立。ホームページには予防策や初期対応の要望書を載せている。今では性暴力対策について現役の教員から「話を聞きたい」という依頼も来るようになり、教員向けの研修会で自身が受けた被害や心身への影響、予防策について意見交換を始めている。
平野さんが感じたのは、性暴力に対する子どもの知識不足と、大人の問題意識の低さだ。被害を防ぐ鍵は「子どもへの人権教育と性教育」と話す。子どもにも大人と同じく権利がある。もしあの時、「子どもへの性的な行為は全て性暴力であり、犯罪」「被害者は悪くなく、誰かに相談して良い」と知っていたら。そして周りの大人が「性暴力はどこでも起こり得る身近な問題」と捉えてくれていたら。少なくとも被害は最小限で食い止められ、長期化しなかったと感じている。
「性暴力を受けた苦しみは墓場まで続く。こんなつらい思いをするのは自分で最後にするため、子どもたちに『あなたは無力じゃないよ』と伝えていきたい」