廃材の中に230㎏の覚醒剤を隠して…外国人集団の密輸を阻止したコントロールド・デリバリー捜査

昭和から平成までの薬物捜査の第一線を知る厚生労働省の元麻薬取締官・高濱良次氏(77)。彼は時代とともに移り変わってきた麻薬犯罪について知る〝歴史の生き証人〟でもある。高濱氏が、麻薬密輸取り締まりのリアルな現場について綴る連載。その5回目だ。 ◆違法薬物は四つの手法で国内へ持ち込まれる 海外から日本へ密輸される薬物は現在でも大量に、より巧妙な方法で国内に入ってきています。その主な方法は「洋上取引」「商業貨物」「携帯輸入」「国際郵便」の4種類が顕著であります。 「洋上取引」は、「瀬取り」とも呼ばれます。その方法は2つあって、薬物を運んでくる運搬船とそれを受け取る回収船とが、GPS(全地球測位システム)を用い、洋上で接触してその場で相手から薬物を受け取るもの。あるいは運搬船が決められた場所で、ブイに取り付けた防水処置済みの薬物を海上に投棄、その場を離れた後に、回収船が波間に漂う薬物を引き上げる方式です。いずれもその後は税関や警察などの警戒が手薄な小さな地方の港で陸揚げします。 ブイにつけて投棄する方法は、GPSがなかった時代は引き上げがうまくいかないこともあったようです。受け取りそこねた覚醒剤が浜辺に打ち上げられるという事件が、時々新聞紙上を賑わせることもありました。 私の九州地区事務所勤務時代に、暴力団組織の中枢に身を置く者から、大量の覚醒剤の密輸に関する情報がもたらされました。九州にある一本どっこの暴力団組織が、九州の沖合の対馬沖などでこの「瀬取り」を行って、小さな漁港で大量の覚醒剤を陸揚げしているというのです。 覚醒剤は、いったん九州に運び込まれた後、陸路で関東に運搬されて、東京にあるその組の支部から全国に拡散されていくということでありました。情報が具体的なものではなかったために摘発には至りませんでしたが、全国に覚醒剤を組織的に拡散させるには、最も有効な手口の一つであり、ありえない話ではなかったと思います。 ◆1997年から導入されたコントロールド・デリバリー捜査 コンテナ貨物などを利用した「商業貨物」による密輸も、相も変わらず行われており、摘発されております。コンテナの一部、例えば壁などを改造して薬物を隠匿したり、輸入貨物である魚介類や高級家具などに薬物を隠匿・混入するなどして密輸されておりました。 1987年(昭和62年)6月に、東海北陸地区麻薬取締官事務所が摘発した台湾ルートによる覚醒剤約80kgの密輸事犯では、覚醒剤は輸入冷凍タコの段ボール箱に巧妙に隠匿されておりました。その事件のため関東信越地区や近畿地区の麻薬取締官事務所から取締官が、捜査応援で派遣されました。私もその際にメンバーに組み入れられ、捜査解明の一翼を担いました。 このような密輸を阻止するためにコンテナ貨物の全量取り出し検査を行うと、かつてはコンテナ1本あたり2時間程度を要しました。それを画期的に改善したのが、’01年(平成13年)に横浜港で初めて導入された大型X線検査装置の登場でありました。この装置を使えば、コンテナは10分程度で検査することが可能となり、またコンテナ以外にも自動車や小型ボートなどにも対応できました。 私が1999年(平成11年)10月から’04年(平成16年)3月まで勤務した2回目の近畿地区麻薬取締官事務所時代に、私の同期が大阪税関検察部門と良好な関係を構築していた関係から、私も大阪税関の連中と親しくなり、その後毎年数件コントロールド・デリバリー捜査を合同で行っておりました。 コントロールド・デリバリー捜査とは、税関で薬物等を発見しても、その場で押収せずにそのまま流通させて最終的に配送先に現れた人物を特定・逮捕する捜査方法で、1992年7月に施行された「麻薬特例法」によってできるようになりました。 最近のコントロールド・デリバリー捜査の事例を挙げますと、’16年(平成28年)7月に、神奈川県警察本部と横浜税関とがメキシコから横浜港に到着したコンテナから覚醒剤約230kgを押収し、日本在住のブラジル人の男など3人を逮捕した密輸事犯がありました。覚醒剤はブロック片など廃材に交じったパイプの中に大量に詰められていました。県警は、覚せい剤を塩にすり替え、コントロールド・デリバリー捜査を実施して、摘発しております。 また、私の定年後の’12年(平成24年)12月、関東信越厚生局麻薬取締部部長の瀬戸晴海氏を筆頭とした精鋭部隊が、ベトナムからのロードローラーに隠匿されていた108kgという大量の覚醒剤を発見・押収しました。この事件は、オーストラリア連邦警察からの情報が端緒で、その後届いたロードローラーを税関の大型X線検査装置を用いて確認し、覚醒剤を氷砂糖に入れ替えるクリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)捜査という手法を用いて、最終的に取りに現れたアメリカやカナダ、更にはベトナム国籍の5人を逮捕しております。 この瀬戸氏は’20年(令和2年)に出版された『マトリ』を執筆した男です。私の10年下で、私が所属していた近畿地区麻薬取締官事務所の情報官として配属されてきました。私と違い捜査センスは抜群に素晴らしく、天性ともいえる情報収集能力を使い、幾多の薬物事犯を摘発してきた麻薬取締部の中でも一、二を争う優秀な捜査官であります。私の現役時代には、誰も彼の足元にも及ばないほどの人物であったことは皆が認めるところでありました。 ◆一人をわざと囮にする〝ショットガン方式〟 密輸の三つ目の手口は「携帯輸入」です。これも現在も行われている薬物輸入の手法であります。この方法には、例えば二重底に改造したスーツケースに大麻樹脂約9kgやMDMA約1万1000錠を隠匿していた事例や、シャンプーのボトル6本に覚醒剤約2.9kgを詰めてメキシコから密輸した事例。さらには同一の便に搭乗した4人の旅客が持っていた各スーツケースの底部に覚醒剤約計15kgとコカイン約4キログラムを隠匿していた事例などがありました。 この不正薬物を同時期に分散して密輸を行う方式は、ショットガン方式と呼ばれる新たな手口であります。格安団体ツアーの複数の外国人客を運び屋として利用して、検査の網をくぐり抜けるとかそのうちの一人が、わざと検査で見つかるように仕向け、そちらに税関職員の注意が向けられている隙に、残りのメンバーが、素早く通関するといった手口であります。 その摘発の背後には、X線検査装置や麻薬探知犬、さらには不正薬物探知装置の活躍が、大きな効果を生んでおります。この不正薬物・爆発物探知装置(TDS)というのは、私の現役時代には存在しませんでした。この機器の大きな特徴は、検査する貨物を破壊せずに短時間で探知できる点にあります。商業貨物や旅客の携帯品及び国際郵便などの表面を不織布で拭き取り、その表面に付いた薬物の微粒子をイオン化して質量分析することで、隠匿された不正薬物の探知を可能にしていました。 具体的な使用例としては、密輸をしようとした者が薬物を二重底にしたスーツケースに詰め込む際に、微量の薬物がついた手で、その外装を触ったり、ファスナーを開け閉めする場面が見られます。その際に、目には見えない極微量の粉末が付着する可能性があるのです。その点を利用して、不正薬物の隠匿を明らかにする画期的な装置でありました。 【後編】『大麻の魔力に取り憑かれた女子留学生も…あの手この手で国境を越えようとする麻薬密輸犯の〝巧妙手口〟』に続く 【後編】『大麻の魔力に取り憑かれた女子留学生も…あの手この手で国境を越えようとする麻薬密輸犯の〝巧妙手口〟』 『マトリの独り言 元麻薬取締官が言い残したいこと』(高濱良次・著/文芸社)

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