桐島聡の特集が相ついで放送 約50年続いた逃亡生活の実態とは――亀和田武「テレビ健康診断」

自分は桐島聡です。連続企業爆破事件をおこし、半世紀近く逃亡していた男が、病床でそう告白し、その四日後に亡くなった。マスコミは大きく報じたが、人びとはどう感じたか。 あれから一年、TBSの『報道特集』、NHK『事件の涙』が相ついで桐島の逃亡生活の実態と彼の心理に迫る特集を組んだ。 一九七四年、三菱重工業東京本社ビルを、「東アジア反日武装戦線・狼」を名乗るグループが爆破し、八名が死亡し三百人超が負傷した。「狼」は四人。共鳴した「大地の牙」は二名。桐島の「さそり」は三名。 既成の過激派と異なり、デモや集会に姿を現さず、市民生活に順応し、夜中にひそかに爆弾を製造する。 メンバーが一斉逮捕されたとき、「さそり」の宇賀神寿一と桐島は逮捕を免れ地下に潜る。七五年に全国指名手配され、宇賀神は七年後に逮捕されて、懲役十八年の刑に。しかし桐島は逃げ続ける。最初に働いた小さな鉄工場の元社長は「危険な仕事だから、住所不定のヤクザ崩れとか墨を入れた奴ばかり」。しかし内田洋(ひろし)と名乗り潜行生活する桐島は「指名手配犯に似てるな」と言われた直後に職場を去った。 しかし次の現場では経営者も、訳あり風の男には何も聞かず、死の直前まで働いた。末期ガンで入院した病院の看護師は語る。「もう自分の死期を理解されていて『自分の名前で最期を迎えたい』って言っていて」と。「本当にもうつらい人の最期の訴えという感じがしました」 逃亡は辛い。横浜流星が主演の映画『正体』では死刑判決を受けた青年は、冤罪を証明し、犯人に迫るため正体を隠して転々とした。 杉咲花『市子』も戸籍が無く、関わった人を何人も殺し、名前を変え逃げる。 桐島が路上で倒れて搬送された先の病院長はこうも語る。「キミら(警察)五十年間、おれを見つけることが、できなかっただろと言ってるつもりなのか。申し訳なかったと暗に言おうとしたのかわかりません」 長く逃亡を続けた政治犯は、「友達になった人にも自分の正体は話せない。それが一番辛い」と語る。しかし桐島の二十年来の友人たちは口々に「内田さんはいい人で、僕にとっては友人です」と温かい言葉を贈る。 卑怯者。非国民。政治的逃亡犯を罵る人はいるだろう。明治初年、貧苦に喘ぐ農民が蜂起した秩父事件で死刑宣告された井上伝蔵は北海道に逃れ、その地で得た妻子に、死の間際の大正七年、事件から三十四年後に自分の正体を話した。 丸谷才一『笹まくら』は昭和十五年から昭和二十年秋まで徴兵忌避者として逃げ通した男を精緻に描き、一人のパルチザンも出現しなかったこの国の名誉を回復した。桐島も逃走が闘争だと証明した兵士だ。 INFORMATIONアイコン『事件の涙』 NHK総合 不定期放送 https://www.nhk.jp/p/ts/GP9LGJJN9N/

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