「指導者が公共事業の甘い汁を吸う国」タイ国民の怒り伝えるラップ、異例の1億回再生

体制を批判すれば逮捕されることがあるタイで、人々の怒りをこれほどストレートに表した曲があっただろうか。タイトルは「俺の国にあること」。軍の横暴、エリート層の“特権”、経済格差、国民を締め付ける法、銃犯罪…。タイ社会の不条理をタイ語で歌ったラップは7年前に動画投稿サイトにアップされ、政治色の強い曲としては異例の1億1千万回以上の再生回数を誇る。「社会は曲の発表時と変わっていない」とメンバー。だから、再生回数が伸びているという。(バンコク稲田二郎) 歌ったグループは「Rap Against Dictatorship(RAD)」。直訳すれば「独裁に立ち向かうラップ」。メンバーは10人。強烈なメッセージから曲は始まる。 「おまえら 知らないだろう このクソみたいな国に何があるのか 俺たち全員で教えてやるよ」。曲は10番まであり、一人ずつ国のありさまを訴える。 《♪道徳を雄弁に語るけど犯罪発生率がエッフェル塔より高い国 指導者が公共事業の甘い汁を吸う国 国民が上半身に希望を、下半身に貧困をまとう国》 「ほほ笑みの国」ともいわれる仏教国タイだが、2022年の警察統計によると、銃器や爆発物で約11万人、薬物関連で約37万人が摘発されている。日本人がイメージするほど、実態は穏やかな国ではない。 中心メンバーのナットさん(37)は16年から個人的に政治に関する曲を作り、怒り、不満、社会の息苦しさを表現してきた。今回の曲を作り始めたのは17年。軍事クーデターで実権を握ったプラユット氏が首相に就いていた時期だった。RADのメンバーは総勢20人で、ナットさんの声かけに応じた10人が歌詞を持ち寄り、曲を作り上げた。 《♪国会が軍人の遊び場になる国 誰も政府をののしれない国 警察が脅すために法律がある国 刑務所に入りたくなければおとなしくしておけと言われる国 法律が(漫画『ワンピース』の主人公)ルフィの腕よりも伸びる国》 タイでは法律が恣意(しい)的に運用されることがある。この曲も、交流サイト(SNS)で虚偽の情報を流して反政府の感情をあおったとして、刑法112条(不敬罪)や同116条(扇動罪)、コンピューター犯罪法違反罪に問うべきだと強く訴える政治家がいた。 もう一人の中心メンバー、ホックさん(35)は振り返る。「実は発表前に弁護士に歌詞を見せてチェックしてもらった。ただ、どんなに慎重になっても、権力者は私たちを罰することができる。慎重に行動しなければならなかった」。18年10月に動画投稿サイト「ユーチューブ」に曲を投稿。動画にはニックネームを出した。政府はグループへの強硬姿勢を明らかにしたが、それに伴い視聴回数は激増。注目を浴びたことで逮捕も免れた。 曲では、人口のわずか1%の人々が国の資産の66.9%を独占するタイの超格差社会、階層社会も強く批判している。 《♪自由にしてよいと言いながら選ぶ権利がない国 スーツをまとった連中は言葉とウインクだけで何もしない国 人を殺しても金があれば裁判で有利になる国 地位の高い連中が汚職をしても罪に問われない国》 ナットさんは言う。「タイは裕福な人々が貧しい人々から搾取している国。経済だけではなく、裕福な人々は一般の人々の上に立ち、権力を持っている」 曲の発表後、政府系教育機関である開発行政研究院(NIDA)が行った世論調査(対象1259人)では、ユーチューブの視聴者の52%が「歌詞は事実を反映している」と回答。この曲を気に入ったのは31%、嫌いは15%、どちらでもないが54%。体制批判の曲だけに正直に答えにくく、この結果でも実情とずれている可能性がある。 「私たちに会うほとんどの人々は励ましてくれ、曲に反対する人はネットに批判的なコメントを残す程度だった。今でも飲食店に行けば、私たちの曲を流してくれる人がいます」とホックさんは言う。 ◆ ◆ 「政治に関心がなかった人でも、私たちが伝えたかった変革へのメッセージを理解し、多くの人々が政治に興味を持ってくれた」とナットさんは語る。 曲の発表から7年。政治体制は変わり、総選挙を経て軍政から民政移管した。かつて軍や王党派と対立していたタイ貢献党が今や政権を担い、タクシン元首相の次女であるペートンタン氏が首相に就いている。 ただ、23年5月の総選挙で下院第1党となった前進党は解党させられるなど民主派の取り締まりは依然として厳しい。親軍派など保守勢力が政治を取り仕切る状況は変わっていない。 ナットさんは力を込める。「私たちは今の政治も批判している。ペートンタン氏は父親から首相ポストを引き継いだようなもので、古い権力を引き受けた。今の政権は最初から駄目だった。社会の格差も拡大している」。新型コロナウイルス禍からの経済回復は思わしくなく、国民の不満は鬱積(うっせき)している。だからこそ、選挙になると再生回数が伸びるという。 タイでは以前、民主派への弾圧があれば抗議デモが行われていたが、前進党が24年に解党命令を受けた際は静かなままだった。 ナットさんは「国民が政治を諦めたわけではない」と強調しつつ、民主派の取り締まりが繰り返され「ちょっと疲れている」と吐露する。ホックさんも「曲を発表した時、人々の反応を見て何かが変わると思ったが、まだまだだった」とうつむく。 メンバーは今、教師や建築家などの仕事をしており、政治に関わっているのは1人だけ。ナットさんは服のブランドを立ち上げ、ホックさんは音楽業界に残って楽曲のリリースを行っている。2人はまだ、政治に希望を持っている。 「以前の前進党メンバーによって立ち上げられた人民党を、多くの人々は支持している。解党させられても、国民は何度でも応援していく。いずれ民主的な政党が選挙で勝ち、憲法が変わり、社会が動く時が訪れるはずです」 既得権益を守ろうと介入を続ける権力と、反発する市民-。曲のビデオの最後には「ALL PEOPLE UNITE」の文字が浮かび上がる。市民は分断せずに一致団結してほしい、との願いを込めた。曲のコメント欄にはタイ以外からも賛同の言葉が寄せられる。「この曲がタイに限らず、権力に立ち向かう世界の人々に力を与えられれば、とてもうれしいです」。体制への憤りを尻込みせずに表現した2人は、すがすがしい表情で語った。

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