第3部 奪われた笑顔<2>立場を利用 密室の“儀式”
2010年6月23日 読売新聞
先生は唯一絶対の存在だった
中学校の体育館控室。練習後、剣道部顧問の男性教諭に呼ばれ、厳しく説教された。
「先生の前で心を裸にしてないから、あかんのや」
すぐさま答えた。
「すべてを任せています」
「じゃあ、服脱げるんか」
下着だけになると、顧問は「お前の気持ちはわかった」と抱きしめた。
それは、剣道部の女子部員の間で〈儀式〉と呼ばれていた。控室のドアにはいつも、カギがかけられていた。
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連日の猛げいこ。体罰は日常だった。顧問は「やめるやつは負け犬。先生について来れば絶対、全国大会に行けるぞ」と繰り返した。指導者として保護者らの信頼も厚かった。激しい叱責(しっせき)も「期待されている」と誇りだった。
そんな中、始まった密室の〈儀式〉。レギュラー部員6人が日替わりで呼び出された。「プライドを捨てなあかん」。床をなめろ、先生の指をくわえろ――。そして、服を脱がされるまでに発展した。
3年生で全国大会出場を果たした。「あれは私たちのためだった」と言い聞かせて卒業したが、高校、大学と進むうち、疑念が膨らんだ。
崇拝が完全に砕かれたのは20歳の時。セクハラ疑惑をただす地元市教委の調査に、顧問が〈儀式〉の事実関係を全否定した、と知ったからだ。
「先生にとって後ろめたい、隠さなければならないことだったんだ」「性欲の対象にされた」。打ちのめされた。
「もう被害者を出してはいけない」。他の部員らとともに、顧問と市を提訴。判決はセクハラを認定し、市教委は顧問を懲戒免職にした。
「事実が認められ、ほっとした」と優さん。「でも、誇れる思い出まで否定されたようで、つらかった」。今も中学の前を通れないでいる。
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時効成立分を含め、警察が確認した被害は、17年間で27人、計479件――。
強姦(ごうかん)や強制わいせつ罪などでは、勤務先の小学校で教え子たちへの性暴力を繰り返していた。確定事実だけで、当時9〜12歳の10人に対し95件に及ぶ。
2008年5月の逮捕までに、発覚の機会はあった。1998年と04年の2度、男は校内で女児と2人きりでいるのを同僚に見とがめられた。しかし、男の否定を学校側は2度とも、うのみにしていた。
「スクール・セクハラ防止全国ネットワーク」(大阪)の亀井明子代表は指摘する。「学校の内部調査は身内に甘く、否認されれば幕引きされる傾向がある。第三者を加えた厳しい調査が必要だ」
男の公判では、教え子らの供述調書が読み上げられた。
〈嫌と言ったら勉強を教えてもらえないと思っていた〉
〈先生に無視されるのが怖くて逆らえなかった〉
絶対的な立場を利用した卑劣な犯行。傷ついた心は手当てされているのか。広島のケースでは、地元教委は民事訴訟を起こした3人を除き、だれが被害者か、把握していない、という。
医療費給付 独立行政法人・日本スポーツ振興センターによると、学校管理下で性犯罪が起き、負傷したり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症したりした場合、因果関係と学校長の承認があれば、「災害共済給付」の対象となる。治療を始めてから2年以内に、学校、地元教委を通じた申請が必要。最長10年間、心療内科や精神科も含めた医療費について、保険診療の自己負担分が全額補填(ほてん)される。
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