教育に悪影響、批判も 国旗国歌訴訟 積極的妨害は厳罰可能
産経新聞 2012年1月17日(火)0時34分配信
国旗掲揚、国歌斉唱を拒む教員への処分に、最高裁が基準を示した。処分回数で一律に重い処分を科す行為は違法とする一方、教師の積極的な妨害は停職も妥当とする判断。橋下徹大阪市長が成立を目指す教育基本条例案の論議にも影響を及ぼしそうだ。
今回の最高裁判決では、減給以上の懲戒処分をする際には処分権者に「慎重な考慮」を求め、一部処分の取り消しを命じた。しかし、処分権者の都教委幹部は「十分慎重に考慮して下した」と不満をにじませ、識者からは「国旗国歌の教育に悪影響を与える判決」と批判の声も上がった。
判決では、停職3カ月の女性教諭と停職1カ月の女性教諭との間で明暗が分かれた。3カ月の女性は過去に、国旗を引きずり降ろす妨害と不起立などで計5回の懲戒処分を受けていたが、1カ月の女性は不起立のみで計3回の処分。悪質性の観点から「停職期間の長短にかかわらず、重すぎる」として、1カ月の女性の処分は取り消された。
都教委幹部は「処分に当たっては十分慎重に考慮し、だからこそ処分期間にも差を付けた」と判決に不満げな表情を見せた。
判決は、悪質性の判断基準として、式典で教員が起立しないことが、学校の儀式的行事の秩序や雰囲気を損なうことを認めながらも、「積極的な妨害ではなく、物理的に式次第の遂行を妨げるものではない」と指摘。しかし、教育評論家の石井昌浩氏は「積極的だろうが消極的だろうが妨害行為に変わりはなく、校長が不起立教員に対して、適切な指導ができなくなる恐れがある」と懸念。「極端な話、教員が全員起立しなかった場合も『消極的妨害』なのか」と疑問を呈す。
東京都内のある教育長も「判決は卒業・入学式での国旗掲揚と国歌斉唱が教育課程という認識が欠けている。教員は児童生徒に国旗掲揚と国歌斉唱を指導する立場であり、来賓が起立しないのとは重みが違う」と判決を批判した。
文部科学省によると卒業・入学式での不起立などを理由に処分を受けた教職員数は平成12年度の265人から22年度は24人と10年間で10分の1に激減。教育現場での「国旗国歌問題」は正常化しつつある。ある元小学校長は「重い処分があったからこそ抑止効果になり正常化につながったのではないか」と話した。
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最高裁判決は、職務命令違反をめぐる東京都教育委員会の懲戒権について慎重な対応を求める一方、悪質な妨害行為などがある場合には、減給や停職処分も妥当とする基準を示した。
懲戒処分をめぐっては、行政に広い裁量権が認められてきた。最高裁は昭和52年、神戸税関懲戒処分事件の訴訟で「懲戒権者は原因、動機、性質、態様や処分歴など、諸般の事情を考慮して処分を決定し、その処分が社会通念上著しく妥当を欠いた場合は違法」との判例を示している。
今回の判決もこの判例に基づき、不起立行為の性質などを判断した。しかし、不起立行為を「式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう」と指摘する一方で、「式典の進行にどの程度の混乱をもたらしたかは評価が困難」とするなど、その位置づけは明確に定まっていない。
減給以上の処分に慎重な判断を求めたのは、戒告処分と比べて、教職員が受ける職務上、給与上の処分による不利益が大きいためだ。判決では、学校の秩序保持などの必要性と、不利益の内容との均衡を保つ観点から、「停職や減給とする相当性を基礎付ける具体的事情が必要」と高い“ハードル”を設けた。
こうした基準に基づき、国旗引き降ろしなど積極的妨害行為で3回、不起立で2回の処分を受けた公立学校元教諭のさん(61)のケースは「具体的事情がある」とし、停職処分は妥当と判断した。
都教委がこれまで運用してきた1回目は戒告、2、3回目は減給、4回目は停職とする処分方法は否定されたといえるが、積極的な妨害行為と判断されれば、重い処分が科される余地は残った。
明暗が分かれた形となった原告側。停職処分が妥当とされた根津さんは判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見し「大事な教育活動を認められず、非常に悔しい」と話した。一方、現職教諭のさんは、高裁判決とは逆に戒告処分が認定され逆転敗訴となったが、「都教委のやり過ぎを認めてくれたことはとても大きい」とした。