早稲田大学で闇に葬られていた、教授の「ハラスメント疑惑」

早稲田大学で闇に葬られていた、教授の「ハラスメント疑惑」
現代ビジネス 2019/7/10(水) 7:00配信

大学当局も把握しているのに

 昨年、早稲田大学文学学術院で発覚したセクハラ問題は、アカデミアを震撼させた。しかしその事件の陰で、早稲田に「もうひとつのハラスメント疑惑」が持ち上がっていたことを知る人は少ない。

 教授のパワハラによって、大学院生が次々と体調を崩して学校に来られなくなり、博士論文を執筆できないまま退学してしまう――人知れず、そのような「異常事態」が起きていたというのだ。

 問題の教授が主宰する研究室は、2003年に新設されたスポーツ科学部などを擁する、早稲田大学スポーツ科学学術院にある。所属する大学院生が次々とパワハラの被害に遭い、これまで博士課程の院生4人が退学を余儀なくされた。

 疑問なのは、大学がこの教授によるパワハラの疑いを把握していながら、調査をうやむやにし、何の処分も下していないことだ。

 2018年9月には、大学の「リスク管理及びコンプライアンス推進に関する規則」に基づいた調査委員会が、「学部生・大学院生に対するパワーハラスメントの可能性が確認できた」と教授によるパワハラの可能性を認めた。その後、ハラスメント防止委員会で調査が続けられていたはずだった。

 ところが今年5月、突然調査は打ち切られたという。どのような経緯があったかは不明で、教授もお咎めなし。パワハラの被害を受けてきた関係者は憤っている。

「もう早稲田と関わりたくない」

 「教授は院生に対して攻撃的で、当時の研究室ではみんなうつ状態にあり、自分も学校に行くのが苦痛だった」

 「大声で罵倒され、指導は受けられず、博士論文を出させてもらえなかった」

 「教授の足音が研究室に近づいてくるだけで身震いがした」

 「もう早稲田大学とは関わりたくない」

 これらの悲痛な叫びは、編集部が入手した、問題の教授によるパワハラの実態をまとめた資料に「被害者の声」として記述されているものだ。

 教授の研究室では2012年から2014年までに、所属した大学院生7人が教授からのパワハラによって体調を崩し、通学できない状況に追い込まれた。院生が使う研究室は誰も出入りしなくなり、当時「開かずの扉」と言われていたという。

 そのうち4人は博士課程に在籍する院生だった。教授からはパワハラを受けた上に、論文指導もしてもらえず、4人とも論文を書けないまま退学しなければならなかった。

 さらに4人のうち3人はうつ病を罹患。退学後、2年間実家に引きこもらざるを得なかった人もいるという。彼らは人生を狂わされた、と言っても過言ではない。

教授が授業に来なくなった

 問題の教授は、2003年に早稲田大学が埼玉県所沢市に、スポーツ科学部を新設した時の立ち上げメンバーの1人。もともと感情的になって怒鳴る傾向があったが、2012年頃からはパワハラや授業放棄などがひどくなった、と関係者は証言する。

 「院生に対して気分次第で理不尽に怒鳴る、罵倒する、人格否定発言をするといったことが多くなりました。実際に暴言を聞いていて、鳥肌が立ったこともあります。直接暴力を振るうことこそなくとも、椅子を蹴り飛ばしたり、机を勢いよく叩くといった威圧的な行為もありました。ハラスメントを受けた院生は、体調不良になり、そのまま大学に来れなくなる、というケースが多かったようです」

 会社を辞めた上で博士課程に通っていた男性は、妻が働いていたことで教授から「お前はヒモだ」と罵られた。

 また感染症にかかった男性は「幼稚な奴がかかる菌なんじゃないか。うつると嫌だから、近寄るな」と言われた。教授からの精神的な攻撃が続き、論文指導を受けられないまま退学。男性は大学院に通っている時に借りた奨学金を、大学から離れた現在も返済しているという。

 院生だけではなく、学部生も被害に遭っている。2013年にはある学生が、自分が罹っているアレルギーについての課題を発表すると、教授から「あなた一人の命なんて社会にとっては重要ではない」と突き放された。

 ショックを受けた学生は、外部の民間団体にハラスメントを訴えようとした。周囲が説得して収め、関係者が教授に謝罪をさせたという。しかし、周囲に対するパワハラはこの後もさらにひどくなっていった。

 さらに、ゼミの授業や論文の指導を放棄し、「単位をやるから授業に来なくていい」と学生に伝え、教授は授業に来なくなった。その結果、学生は出席も課題提出もしないまま、単位を取得している。院生は学位審査判定書に自ら論文の要点を記載し、自分で「合格」と記入して提出せざるを得なかった。これではコンプライアンスの面でも問題がある。

調査の手法は適切だったか

 これだけ退学者が出て、院生から学部生まで被害が出ていれば、スポーツ科学学術院もパワハラの実態を把握していないはずがなかった。2014年には学術院の内部で、この教授のハラスメントについて調査も実施された。しかし、教授はお咎めなしで、パワハラは放置されたままだった。

 それが去年になって、早稲田大学の本部も知るところになる。複数の告発が寄せられ、大学は「リスク管理およびコンプライアンス推進に関する規則」に基づいた調査委員会を開いて調べを進めた。編集部が入手した資料も提出されているほか、調査委員会で独自のヒアリングも行なっている。

 調査報告書は去年9月に出た。責任者として記されている名前は、当時の副総長でリスク管理およびコンプライアンス推進統括責任者だった島田陽一氏。報告書には、パワハラの可能性があることがしっかりと記載されている。

 〈ゼミの元学生にヒアリングを行ったところ、学部生・大学院生に対するパワーハラスメントの可能性が確認できた。引き続きハラスメント防止委員会において、別途検討を行うことにした〉

 パワハラの被害にあった元院生らは、この報告書を読んで事態が一歩進んだ、と期待した。しかし、ハラスメント防止委員会に検討の場が移ってからは、何も進まなかった。

 関係者の話を総合すると、このハラスメント防止委員会の調査手法にも問題があったようだ。

 ある元院生は、委員会から再度ヒアリングを受けるよう求められたが、パワハラを受けたことを何度も話さなければならないことを懸念した。それでも話そうと大学の求めに応じようとしたが、指定された日は仕事で行けず、再度のヒアリングは受けていないという。

 また他の院生は、大学からヒアリングを求められ、答えたかったが、遠方から大学に来る交通費が自腹になることや、ヒアリングが委員会が指定した平日にしか行われないため、対応できなかった。

 しかも、調査の過程で、大学は被害を訴えている元院生らの名前を、教授本人にも伝える方針を示していた。いまも精神的苦痛を受け続けている元院生が、調査への協力に躊躇するのは当然のことだろう。

 そもそも、「リスク管理およびコンプライアンス推進に関する規則」に基づいた調査委員会が、パワハラの可能性については確認できたと言っているのに、なぜ重複するヒアリングを行わなければならないのか。関係者は「たらい回しにされているだけではないか」と危惧した。

なぜ調査を打ち切ったのか?

 結局、ハラスメント防止委員会の調査は、いつのまにか終わっていた。元院生に対しては、昨年11月までにヒアリングを受けるなどの対応を求めていたという。委員会でどのような議論が行われたのかは不明のまま。早稲田大学は今年5月23日、関係者に対して、これ以上再調査を行う考えがないことを通知してきたという。

 本稿執筆時点で、院生らに対するパワハラについて、大学がどのような結論を出したのかは明らかになっていない。少なくとも、問題の教授に処分が行われたということもなさそうだ。

 編集部ではハラスメント防止委員会の結論がどうなったのか、この教授の問題行動をどのように把握しているのかを早稲田大学に質問した。

 しかし大学側は、事実関係についてさえ明らかにしなかった。

 「本学では、ハラスメント事案につきまして申立人や関係者のプライバシー尊重と秘密保護を最優先に対応しており、個別の質問への回答は差し控えさせていただいております」(早稲田大学広報部)

 大学側の回答を受けて、編集部では問題の教授にも事実関係について聞いた。教授は「私にも当局から個別の取材は受けないようにとのお達しがありましたので、質問に回答することができません」とパワハラの有無については答えなかった。その一方で「私には醜聞の陰りもない」と主張している。

 それにしても、早稲田大学はなぜこんな中途半端な状況で、パワハラ問題の調査を打ち切ったのか。

 早稲田大学総長は、昨年11月5日に鎌田薫氏から田中愛治氏に交代している。昨年6月の総長選挙で、田中愛治氏が島田陽一氏を再投票の末、207票差で破った。

 これは推測ではあるが、大学執行部の体制が変わったことが関係しているのではないか。前体制で起きた不祥事を新体制に持ち込みたくなかったから、ハラスメント防止委員会の調査を11月で打ち切ったのでは、と勘ぐる関係者もいる。もしそうであれば、あまりにも無責任だ。

守るべきは学生のはずなのに

 教授によるパワハラを知る大学関係者は、ハラスメントの申し立てに対する早稲田大学の対応は、被害者の側に立っていないと指摘する。

 「早稲田大学のハラスメント防止委員会は、本人の申し立てを原則にしています。しかし、被害者がハラスメントによってうつ病を患うなど心身が衰弱した場合、訴えを申し出ることさえできないため、明るみになりにくいケースが多いのではないでしょうか。

 さらに、ハラスメント防止委員会に申し立てても、この教授の件に限らず、ハラスメントが認定されるケースはほぼありません。訴えている間にも被害者は二次的、三次的なハラスメントを受け続けて、精神力を保つことができず、結局泣き寝入りするしかなくなるのです」

 首都圏大学非常勤講師組合にも、問題の教授によるパワハラについて情報が寄せられている。組合は「大学の中でこれほど深刻なパワーハラスメントが起きているのは異例のこと。早稲田大学はこの問題を放置すべきではない」と警鐘を鳴らしている。

 大学が守るべきは、将来ある学生たちのはずだ。早稲田大学は事実関係を認めた上で、内部委員会ではなく第三者委員会を設置して再度調査するべきではないだろうか。

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