<iPS臨床問題>森口氏「手術は昨年6月に1件」
毎日新聞 2012年10月15日(月)12時21分配信
【ニューヨーク草野和彦】人工多能性幹細胞(iPS細胞)からつくった心筋細胞を重症の心臓病患者に移植したと主張した後、大部分が虚偽だったと認めた研究者、森口尚史(ひさし)氏は13日のニューヨークでの記者会見で、移植手術の実施病院についてもハーバード大系列マサチューセッツ総合病院ではなく、「ボストン市内の(別の)病院」と変更した。森口氏は同じ会見で、今年2月以降に6件の手術を行ったとした主張を「昨年6月に1件だけだった」と変えていた。
移植手術を行ったとする臨床研究に関する森口氏の論文草稿に列挙された日本人共著者、ハーバード大、マサチューセッツ総合病院など、森口氏に名前を挙げられた関係者はいずれも関係を否定している。
森口氏は1件だけ実施したとする病院名については明かさなかった。また、時期については、パスポートを見せ、観光ビザで昨年6月2日にワシントン入りし、同5日に日本に帰国したとの渡航記録を明らかにしたものの、実施日は「6月初旬。2日とかから4、5日とか」とあいまいな説明に終始した。
森口氏は15日午後3時半前の成田着の全日空便で帰国する予定。
◇専門家ら、なぜ気づかなかった?
森口氏は、「ハーバード大」の所属と偽って過去にも複数の論文を有名科学誌などに発表していた。論文が掲載される前に共同研究者や雑誌編集者、外部の専門家らが目を通すはずだが、なぜ見過ごされたのか。
科学誌は通常、投稿された論文の原稿を、複数の外部の専門家にチェック(査読)を依頼し、その結果をもとに、掲載の可否を決める。常に査読論文を数本抱えているという医学系の大学教授は「精査対象は論文内容であって、名前や肩書までは見ない」と打ち明ける。手術や実験が実際に行われたのかの確認については、「データが記入されていれば信用するしかない。実験や手術をやっていないなんて思いもしない」という。
所属を偽った森口氏の論文を載せた英科学誌ネイチャー日本法人の担当者は「論文自体に論理性があれば、実験や肩書のウソがまかり通ってしまう」と困惑する。
森口氏の今回の発表は、査読の必要がない国際会議でのポスター発表だった。2年前「iPS細胞を使ってC型肝炎の新治療法を開発した」との論文が載ったのも、有力な米肝臓病学会誌だが、査読を必要としない研究者同士の掲示板だった。医学系の論文検索によると、森口氏が筆頭著者の論文は約20件で、8割が掲示板への投稿だった。森口氏は査読不要か、査読が甘い媒体を狙って論文を投稿していた可能性がある。
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「写真やデータを送ってくるので、信じるしかなかった。(自分は)論文の整合性を確認しただけだ」。森口氏の共同研究者に名を連ねた佐藤千史・東京医科歯科大教授は12日の記者会見でこう釈明した。
このように、研究に直接関与していないのに名義を「信用貸し」する例は珍しくない。研究が複雑化し、複数の研究者が専門分野で部分的にかかわることが多く、共著者といっても全体像を把握しきれない面があるためだ。背景に、論文数による成果主義を挙げる研究者もいる。再生医療分野の大学准教授は「論文をどれだけたくさん書いたかで評価され、研究費にも影響する。名前が入れば得点になるし、名前を入れる側からすれば『便宜を図る』意味合いにもなる」と指摘する。【阿部周一、鳥井真平、斎藤広子】