相原中柔道部の外部指導者による体罰問題 閉ざされた空間、温床に/神奈川

相原中柔道部の外部指導者による体罰問題 閉ざされた空間、温床に/神奈川
カナロコ by 神奈川新聞 2014年1月13日(月)15時30分配信

 相模原市立相原中学校の柔道部員が寮生活を送る道場の外部指導者に暴力を受けたとされる問題は、体罰に揺れる部活動のあり方に新たな課題を投げ掛けた。専門的な知識を持つ顧問の確保が難しくなる中、注目されてきた外部指導者の制度。ただ、学校側が外部指導者に「丸投げ」してしまっては部活動は人の目に触れず、暴力やハラスメントの温床になりかねない。

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 「持ちつ持たれつの関係」。学校単位でしか出場できない大会で名を成したい道場側と、指導力のない学校側−。体罰があったとされる相武館吉田道場(相模原市緑区)と相原中の間柄を関係者はこう指摘する。

 柔道部が相原中にできたのは20年ほど前。柔道部員の大半が道場の寮に住み込み、実質的な指導は全て道場側が請け負う異例な形で全国的な強豪に成長した。2000年に全国中学大会の女子団体戦で初優勝。09年には同じく全国中学大会の女子団体戦で2年連続4度目の優勝に輝いた。ただ、その裏では厳しい指導があったとみられる。

 数年前に子どもが相原中柔道部に所属し、道場に通わせていたという保護者は「稽古中の暴力は日常的だった」と振り返る。09年には、道場の男性指導者に平手打ちされた、当時相原中2年の男子部員が左耳の鼓膜を破るけがを負っていたことも判明している。

 男子の負傷は、市教委が10年10月に把握。道場側が再発防止を約束したことで市教委は外部指導者の委嘱を継続したが、体質は変わっていなかった。

 「背景には勝たなければいけないという指導者側の焦り、厳然たる上下関係があったのではないか」。県内の柔道関係者はこう断じる。勝つために厳しい稽古を強い、師匠が絶対という風潮。指導の実態が白日の下にさらされたのは、創部から約20年がたってからのことだった。

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 柔道に限らず学校の部活動を外部指導者が担っている例は多い。県中学校体育連盟によると、各自治体や校長の裁量で委嘱を受けている外部指導者は公立412校で956人。公立校の場合、専門知識のない教員が顧問を務めるケースは避けられず、外部の指導者は不可欠な存在になっている。

 体操の世界選手権金メダリスト、白井健三選手が所属する県立岸根高校体操部も日ごろの活動は鶴見ジュニア体操クラブ(横浜市鶴見区)が中心だ。

 「学校内のことについては学校側に責任があるが、外の活動は保護者の方々の責任になる。とはいえ、線引きは非常に難しい」

 こう話すのは同校体操部顧問で、日本体操協会の審判委員長(国際審判員)も務める竹内輝明教諭。同校とクラブは情報交換も頻繁に行っている。ただ、同教諭はあくまで一般論としながらも「学校側が人手不足。日々の業務もあり、全てを(部活動に)割けるわけではないので完全に目を行き届かせるのは難しい」とも言う。

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 結果を残すことで、将来の道が開けるのもスポーツ界の現実だ。柔道界では強豪私立中が当たり前のように小学生のスカウト活動も行っている。ただ、こうした競争が行き過ぎることで子どもたち、保護者たちが容易に声を出せなくなるケースが起きている。

 大阪市立桜宮高校のバスケットボール部主将で2年生の男子生徒=当時(17)=が一昨年12月に自殺した事件。生徒を殴り負傷させたとして、傷害と暴行の罪で懲役1年、執行猶予3年の地裁判決を下された元顧問は強豪大学に人脈を持っていたとされている。吉田道場でも生徒や保護者からの声は埋もれてきたと、保護者の女性は指摘する。「成績の違いで親同士にも温度差がある。『苦しいのなら辞めれば』と話す親もいる」

 全日本柔道連盟(全柔連)強化委員の朝飛大さんは「閉ざされた道場だからこそオープンにしていかなければ」と話す。

 横浜市神奈川区内で道場を運営する傍ら、朝飛さんは同市立六角橋中の外部指導者としても活動する。「親御さんがいるほうが教える側は楽。うちではビデオを回してもいいですよとも言っている」と言い、開かれた部活動が体罰の防止につながるとみる。

 学校スポーツの限界を感じている人もいる。

 プロ選手を多く輩出する県内のテニスクラブのコーチは「(学校スポーツは)目先の大会で勝つことを優先している。教えているテニスは守備的なプレーで勝たせようとするスタイルがほとんど」。勝ち負けにとらわれず、技術を磨きながら楽しむというスポーツの本質に立ち返らなければならない−。そのコーチは警鐘を鳴らしている。

◆長男が殴られ役「手放すべきではなかった」

 「今考えれば絶対に手放すべきではなかった」。かつて長男が相原中学校の柔道部に所属していた女性(48)には後悔しか残っていない。

 長男は相原中入学と同時に親元を離れ、吉田道場で寮生活を始めた。稽古は夕方から夜9時まで。その後に夕飯を食べてシャワーを浴びるが、設置している数が限られているため、下級生の頃はほとんど入れなかったという。

 「弱肉強食の世界。殴られ役になってしまったようだ」。長男は何があったのかは口にしないが、伝え聞いた話に驚いた。「稽古中の暴力は日常。試合でも2位では怒られ、殴られる。女子部員に絞め技をかけなければいけないとか、中学生にはショックな体験もあったみたい」

 親が道場、寮を見る機会はほとんどなかった。保護者面談で相原中を訪れると、担任教師から「彼のためには辞めて帰ったほうがいい。見ていられない」と告げられることもあった。

 長男は寮を3度逃げ出してきた。あるときははだしで帰ってきたこともあった。最後の「脱走」は中学2年の冬だった。それまでは「帰っておいで」と喉元まで出かかる言葉を押し殺し、道場に送り返していたが、もう気持ちを抑えられなかった。

 長男は、転校後も地元の道場での支えもあって柔道を続け、大学進学の道も開けた。だが、失った時間は戻らない。「(道場を)辞めるときに、相原中の顧問に体罰のことを全部言った。だけど学校側は無力。『何もしてあげられない。ごめんね』と言われた」という。「(体罰問題が)明るみに出たことでほっとしている」。女性はしみじみと言った。

 神奈川新聞社はこうした実態について道場の男性館長に取材を申し込んだが、「全柔連に全てお話ししている」として応じていない。

【問題の経緯】
 体罰があったとされている道場は、相模原市緑区にある相武館吉田道場。匿名の情報提供を受けた市教育委員会が昨年10月、相原中の部員約20人を対象に無記名アンケートを実施し、3人が「平手打ちされた」「足元を蹴られた」などと訴えたことから問題が発覚した。

 道場での指導は、市教委が外部指導者として委嘱している男性館長と県警警察官の男性コーチの、ともに30代後半の2人が主に担当。館長は「暴力の認識はない」と説明したが、11月に入って「不適切な指導があった」として男性コーチとともに外部指導者を辞任した。

 市教委とは別に調査を進めていた全柔連は昨年12月、館長が過去に相原中の男子、同中の女子を平手打ちし、男性コーチも同中の男子を平手打ちしていたとの調査結果を公表。館長を半年の会員登録停止、コーチを3カ月停止とする処分を科した。2人は期間中に全柔連主催の大会などで活動ができない。

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