法は生かされるか〜天童・中1死亡と「いじめ防止法」 

法は生かされるか〜天童・中1死亡と「いじめ防止法」(上) 第三者委設置
山形新聞 2014年4月6日(日)14時40分配信

 いじめを防ぐため国や自治体、学校の責務を定め、昨年9月に施行された「いじめ防止対策推進法」。いじめの実態を隠蔽(いんぺい)しようとする教育現場の体質改善がその背景にある。学校でのいじめに悩んでいた天童市の中学1年の女子生徒(12)が1月、山形新幹線にはねられて死亡した問題は発生から3カ月を迎える。同法施行後に起きた生徒の死亡といじめとの因果関係の調査は全国初とみられるが、法の趣旨とは裏腹に学校と遺族は信頼関係を築けていない。

 いじめにより生命、心身、財産に重大な被害が生じた疑いがある場合、事実解明に当たる公平、中立な調査組織、いわゆる第三者委員会の設置を同法は規定している。

 この点で市教委の動きは速かった。女子生徒がいじめに遭っていたと記したノートを市教委が確認したのは1月15日。学校は同日放課後に全校生アンケートを実施。16日夜、学校で遺族に示した結果では、100人以上が伝聞を含めいじめの存在に言及、13人が具体的な記述をしていた。動揺する両親に学校は第三者委員会の設置を打診した。「設置の了承は得た」(市教委)と、17日には設置要綱を告示。わずか3日で要綱はまとめられ、設置が決まった。

 しかし、遺族が要綱の内容を知らされたのは告示から数週間後の2月中旬だった。後の市議会で遺族の合意を得ずに策定されたことが明らかになると、市教委は同法(第28条)が速やかな設置を規定していることを根拠にし、「県が示したひな型に従った」と釈明した。

 市教委が遺族に委員会の設置を打診した際、要綱は示さなかったが、4人の委員候補を提案していた。対応の早さに戸惑った遺族は「持ち帰り考えたい」と委員の了承は保留した。委員候補の中には市の法律相談員の弁護士など、遺族にとっては市に近い立場と映る人物もいた。

 2月18日付で市教委から各市議に1枚の報告書が配布された。第三者委員会に関し「委員確定後も(委員名の)公表は当面差し控える」と明記されていた。他県のケースでは委員確定の段階で所属団体、個人名が公表されている。市教委の対応は市民の目で委員会の公平、中立性を担保するという全国の流れに逆行している。

 遺族側は先月28日、要綱に思いが反映されていないことを不服とし、全面的な見直しを市教委にあらためて要望した。

 いじめによっていくつもの命が失われたことを受け、いじめ防止対策推進法は施行された。とりわけ、滋賀県大津市で中2男子が自殺したケースでは教育現場の悪質な隠蔽(いんぺい)が問題となり、保護者の立場、心情を尊重することが基本方針に盛り込まれた。

 「日本の学校はあの時から変わったと実感できるまで行方を見守りたい」。法成立後に大津の中2男子の父親(48)は語った。しかし今、この父親は天童のケースを見てがくぜんとしている。「子どもを失い深く落ち込む遺族が、事実究明や学校との対応でさらに苦悩することがないように法ができた。学校や教育委員会は旧態依然とし、何も変わっていない」。

いじめ防止対策推進法(抜粋)

第28条 

 学校の設置者または学校は重大事態に対処し、同種の事態の発生の防止に資するため、速やかに当該学校の設置者または学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の方法により当該重大事態を明確にするための調査を行うものとする

付帯決議(衆議院) 

 重大事態の対処に当たっては、いじめを受けた児童やその保護者からの申し立てがあったときは、適切かつ真摯に対処すること

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法は生かされるか〜天童・中1死亡と「いじめ防止法」(下) 全校アンケート
山形新聞 2014年4月7日(月)12時37分配信

 1月15日の放課後、死亡した女子生徒(12)が通っていた中学校で全校生アンケートが行われた。質問は女子生徒に関して▽事実として知っていることがあったら教えてください▽気になることがあったら教えてください―の2項目。いじめについて13人が具体的に記載し、約130人が伝聞として言及した。

 アンケートには「新校舎に来るな」など、心ない言葉を浴びせられていた状況が記されていた。遺族は実施翌日、学校内で回答用紙を閲覧したが、複写や提供は認められなかった。詳細を把握するため再開示を求めた。学校側は「開示はできない」と拒否した。

 非開示の理由について水戸部知之教育長は「(いじめ防止対策推進など)法に従った対応がわれわれの仕事だ」と正当性を強調。その根拠に「適切な情報提供」「個人情報の保護」を挙げた。

 「情報を適切に提供する」(同法第28条2項)。市教委はこの部分を引用し、「多くの伝聞や不確かな情報が含まれたアンケート結果を開示することは『適切』でない」とした。この解釈に遺族側は「不当行為だ」と憤る。

 同法の付帯決議はアンケート結果について「保護者と適切に共有されるよう」と定義する。同法の立案に中心的に関わった小西洋之参院議員は著書「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」(WAVE出版)で「『適切に提供する』とは学校側の説明責任が最大限に全うされることを意味する」と指摘している。

 市教委は非開示のもう一つの理由に「個人情報の保護」を挙げた。しかし、文科省が示した同法の基本方針は「情報提供に当たっては、他の生徒のプライバシー保護、関係者の個人情報に十分配慮し、適切に提供する。ただし、いたずらに個人情報保護を盾に説明を怠ってはならない」と明記している。

 さらに、市教委は「アンケートは開示を前提として行っていない」と非開示の理由を補足した。文科省の基本方針には「アンケートについては、いじめられた生徒、その保護者に提供する場合があることを念頭におき、調査に先立ち、その旨を説明するなどの措置が必要であることに留意する」とあり、市教委の主張はこれに則しているとは言い難い。

 アンケート結果は実施後に遺族が一度閲覧しているが、再開示を拒む市教委は「そのこと自体、適切だったかどうか…」と解釈を後退させている。

 高畠町の高畠高で2006年、同校2年の女子生徒=当時(16)=が自殺したのは校内でのいじめが原因として、両親が県に損害賠償を求めた訴訟の判決が先月11日、山形地裁で言い渡された。いじめが自殺の原因とは認定されず請求は棄却されたが、当時、県がアンケートの実施を多角的に検討したとは言えないとし、「調査が尽くされたかは疑問が残る」と指摘した。それでも両親は控訴を断念した。当時の調査は形式的に済まされ、時を経た今では、いじめの立証が困難なためだ。

 滋賀県大津市で中2男子が自殺した問題では、市教委がアンケートに記載された「自殺の練習をさせられていた」との内容を明らかにせず調査を打ち切ったことが問題化した。中2男子の父親(48)は「アンケートには事実を訴える生徒の勇気が込められており、遺族が真実を究明する唯一の手掛かりだ」とし、天童市教委の対応は法の趣旨の曲解だと批判する。

いじめ防止対策推進法(抜粋)
第28条2項 
 学校の設置者または学校が規定による調査を行ったときは、当該調査に係るいじめを受けた児童その保護者に対し、重大事態の事実関係、その他の必要な情報を適切に提供するものとする

付帯決議(参議院) 
 いじめが起きた際の質問票を用いる調査の結果について、いじめを受けた児童らの保護者と適切に共有されるよう、必要に応じて専門的な知識、経験者の意見を踏まえながら対応すること

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