群馬大病院の腹腔鏡手術「8人死亡」で判明した“不手際”と“錯覚”
産経新聞 2015年2月7日(土)17時30分配信
高度な医療を行う「特定機能病院」のお墨付きを持つ群馬大学病院(前橋市)。地域の核となるこの病院で昨秋、肝臓の腹腔鏡手術を受けた患者8人が相次いで死亡していたことが発覚した。近年、腹腔鏡による手術は広がっているが、同じような事態が他の病院でも起きる可能性はないのだろうか。厚生労働省などは今回の事態を重くみて、病院に立ち入り検査を行った。同様の手術を手がける医師が所属する日本肝胆膵(かんたんすい)外科学会なども調査を始め、事態を注視している。
群大病院や厚労省によると、同病院では平成23〜26年に腹腔鏡を使った高難度の肝臓手術を受けた患者92人のうち、8人が術後4カ月以内に死亡していた。多くの患者はがんで、8人の死因は感染症や敗血症、肝不全、多臓器不全など。いずれも40代の男性助教が執刀していた。
腹腔鏡手術とは、腹部に5〜10ミリ程度の穴を4〜5個開け、そこからカメラ、電気メス、手術器具を入れて、モニターに映し出された映像を見ながら行う手術のことだ。鏡視下手術ともいわれる。従来行われてきた腹部を大きく切る開腹手術と異なり、傷口が小さく術後の回復や感染症予防に良いとされている。
傷が小さいという点だけをみればこの術式は優れているのだが、それをもって安全性が高いとはいえない。例えば、肝臓の一部を切り取る手術にしても、開腹手術であれば肉眼で見ながら切除ができるが、腹腔鏡手術の場合は小さな穴から入れたカメラを“目”に、肉眼では見えていない部分を切り取らなければならない。肝臓ではないものの、千葉県がんセンターでは昨年、平成20年以降に腹腔鏡手術を受けた患者11人が死亡したことが明らかになっている。
「腹腔鏡による肝臓の手術は、腹腔鏡の扱いに長けているだけでも、肝臓の手術に長けているだけでも成り立ちません。肝臓手術の経験があり、かつ腹腔鏡の扱いにも慣れている医師がやるべきものです」と解説するのは、日本肝胆膵外科学会理事長の宮崎勝千葉大教授だ。
宮崎教授によると、血管が集まっている肝臓の手術は他の臓器に比べ危険が高く、手術による死亡率も他の臓器より高いことがある。難しい手術は特に死亡率が高くなるが、そうした場合は開腹手術で行うのが基本だ。
日本消化器外科学会が消化器手術を難易度別に分けた分類では、肝臓は「部分切除」が「低難度」、「外側区域切除」が「中難度」、それ以外の切除術は「高難度」などとされている。群大で行われた手術の多くは「高難度」とされ、一般的に腹腔鏡で行うものではないとみられる。
専門家の分類以外にも、手術の「難易度」や「安全性」を図る方法がある。医療保険が適用されているかどうかだ。厚労省によると、腹腔鏡による肝臓の切除手術については、「部分切除」と「外側区域切除」には保険が認められているが、それ以外は適用外。今回、群大で行われた手術の多くは「保険適用外」で、腹腔鏡で行うには安全性や有効性が一般的にまだ認められていないものだ。
しかし、だからといって適用外手術が禁止されているわけではない。宮崎教授も「どんな優れた技術も、最初は安全性が分かっていない。適用外でもチャレンジすることによって進歩につながる」と新たな術式に挑戦することが医学の発展に寄与してきたと話す。ただ、保険外手術は倫理的な問題や医学的な適用をきちんと検討した上で行われるものだ。当然、患者への十分な説明も必須となる。
しかし、問題発覚後に会見した野島美久院長らの説明によると、死亡した8人は保険適用外の手術だったにもかかわらず、院内の倫理審査は行われていなかった。病院側は「第三者で審査をしてやるべき手術だった」と不手際を認めた。
さらに、手術を行う前に必ず行われるべき検査も一部行われておらず、患者に対する説明が十分に行われた形跡もなかった。患者が死亡した際に行われる検討会(デスカンファレンス)が開かれた記録もなく、野島院長は「院長として責任を感じている」と述べた。
波紋は全国の病院に広がっている。日本外科学会などは、腹腔鏡を使った肝臓手術の調査を実施。その結果、すべての腹腔鏡下の肝臓手術の死亡率は全国の医療機関では平均2・27%だったが、群大病院では同様の条件下で13・79%と約6倍も高いことが分かった。ただ、この調査は全国の外科手術を登録するデータベースが対象。腹腔鏡で始めたものの、途中で開腹手術に切り替えた場合などがどこに含まれているかは分からない。
一方、日本肝胆膵外科学会は一定の手術実績を認めた全国の214施設を対象に、腹腔鏡手術の死亡数などを調査。1月末までに回答を求め、今年度中に結果を公表する予定だ。
厚労省も聞き取りや病院への立ち入り検査を始めた。群大病院は高度な医療を行う医療機関である特定機能病院に承認されている。今後、厚労省の審議会で承認取り消しの是非が話し合われる可能性がある。さらに、保険適用外とみられる手術に診療報酬を請求した事例もあり、返還が命じられることも考えられる。
一方の群大病院は昨年12月、外部の専門家も交えた調査委員会の中間報告書を公表。患者の急変や予定外の手術があった場合にきちんと報告する体制づくりなどを記した「改善報告書」を厚労省に提出した。
「傷が小さいことにこだわって腹腔鏡を使うと、逆に危険が増すことがある。手術の内容によっては限界がある」と宮崎教授。今回の群大の事例について「外科手術には、危険だと分かっていてもやるべきチャレンジがあるが、今回の手術はそのチャレンジの妥当性についてよく検証する必要があるのではないか」と指摘している。