高校ラグビー部で頸椎損傷「後悔はしていないが、事故後の生活にも関心を」

高校ラグビー部で頸椎損傷「後悔はしていないが、事故後の生活にも関心を」
文春オンライン 2018/11/13(火) 11:00配信

「首から下が動きを取り戻す可能性は7%。可能性のない希望を持たせることはいたずらに遠回りさせるだけ」

 医師からこう伝えられたのは中村淳さん。高校ラグビー部の練習試合中に頚椎損傷事故にあって救急搬送された中村周平さんの父親だ。

「ドクターから伝えられた言葉をなかなか言えなかった。もし自分がその立場なら心が折れるのでは、と思った」(淳さん)

 周平さんは、2002年11月、高校2年生の時に重傷を負った。紅白戦の終了5分前だったという。意識が回復するまで周平さんは寝言を繰り返した。「体を起こして! 前へ! 前へ!」。ラグビーのことがほとんど。ただ、一度だけ父親のことを言ったのを淳さんは記憶している。「お父さんはいい人生やったね。僕の人生は終わったよ」。それに淳さんは「君が動いていないといい人生じゃない」と返事をしたが、その反応はなかった。周平さんはそのことを覚えていない。

機能回復を信じてリハビリを重ねる

 日本体育大学スポーツ危機管理研究所が主催する「学校・部活動における重大事故・事件から学ぶ研修会」が11月7日、同大学の世田谷キャンパスで開かれた。テーマは「部活動中の重大事故と体罰の問題について考える」。集まった学生を前に、周平さんがマイクで思いを語った。

「半年間、病院生活を送ったが、ラグビーで鍛えた体が1ヶ月で骨と皮になった。当初は精神状態がよくなかった。何より辛いのは、これから先にやっていくものがないということ。ただ、ベッドで寝ているだけで、生きがい、やる気が削がれていった」(周平さん)

諦めずにリハビリをすることで……

 医師には動く可能性は低いと言われたが、周平さんは機能回復を信じてリハビリを重ねる。理解のある鍼灸師に出会ったり、頚椎・脊髄損傷者の機能回復を支援する人に会いに行ったり、アメリカへ渡り専門的なトレーニングを受けたりした。在宅でもリハビリを継続する。福祉制度を利用し、ヘルパーを活用した。

「家族との関係では、イライラや葛藤を両親にぶつけた。そんな中で心身ともにお互いに限界を迎えていた。そんな中で助けになったのは、同じ障害を持った人たち。“こんな風に生活をしている”という話を聞くことで、見えない中で光を見つけたような感じがした。また、ヘルパーが入ることで生活が変わり、両親とのわだかまりが減っていった。諦めずにリハビリをすることで、両腕を動かせるようになり、電動車椅子を動かせるようになった」(同)

「スポーツには事故というリスクがある」

 その後、高校に復学し、大学にも進学した。しかし、キャンパスにはエレベーターがない古い校舎もあり、受講できない講義があった。また、学生がボランティアで授業のサポートをしてくれていたが、周平さんは「サポートのために講義を休む学生がいたことを知って、『おれ、なんで大学にきているんだ?』と思った。学生の自主性に任せることに限界がある」と感じ、大学との話し合いの結果、「障害学生支援室」ができたという。

 こうした苦労はあったものの、周平さんはラグビーをしたことを後悔はしていない。

「スポーツには事故というリスクがある。自分がけがをするとは思っていなかったが、誰にでも起こりうる出来事。縁遠いものではない。事故を起こさないことがベストだが、事故後のことについても関心を持ってほしい」(同)

 現在では、ラグビー事故勉強会を定期的に開いている。

「時間が経つ中で、指導者の先生も苦しんでいたのではないかと思った。チームメイトもしんどかったのではないか。正解も、不正解もない。事故後はどんなことが巡ってくるのか。原因究明や補償問題もあるが、社会参加も重要だ」(同)

 指導者を目指す学生たちには、事故だけでなく、その後の生活にも関心を持ってほしいと訴えた。

バスケ部では顧問による体罰が常態化していた

 2012年12月23日にキャプテンが自殺した大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のOB、谷豪紀さんも登壇した。

 調査によって、バスケ部では顧問による体罰が常態化していたことが明らかにされた。自殺前夜には、顧問はキャプテンを30〜40回、殴っていた。体罰をともなう指導死だったのだ。結局、顧問だった男性教諭は懲戒免職。2013年9月、大阪地裁(小野寺健太裁判長)は元顧問に懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を下した。また、2016年2月、東京地裁(岩井伸晃裁判長)は、体罰と自殺の因果関係を認め、大阪市に対して、7500万円の損害賠償を命じた。

 亡くなったキャプテンの2年先輩だった谷さんは、部活への思いについてブログで書き綴っていた。それが指導死の遺族の目に止まり、シンポジウムに参加したり、講演活動をするようになった。遺族にも会うことができたが、感謝されているという。

「こうしたことがあると、『なぜ逃げないのか?』『自殺した人の人格が弱いのではないか?』と言われる。果たして、本当にそうなのか」

 そう問いかける形で、まず当時の学校の体質から話し始めた。

「この学校には体育科がある。スポーツ強豪校だが、陰湿な雰囲気があり、普通科と体育科の先生のパワーバランスがいびつだった。バスケ部は、学校のいびつさを凝縮させたような部活だった」

授業中、人形のようになったことがある

 谷さん自身も、男子マネージャーが「相手チームの情報を揃えていない」との理由で監督に怒られ、30発ほど殴られたのを見た。実際には情報を揃えていたため、監督にその旨を伝えると、反抗的な態度をとったとして、谷さんも怒られた。正座をさせられたこともあった。体罰も受けた。

「何もやる気が起きず、授業中、人形のようになったことがある。放心状態になっていた。ストレスが溜まって、イライラしていた。そんなとき、私は、夜逃げをしようと考えた。経済的余裕がないために、四国へ行こうと思った。寝る場所がなくても暖かいだろうと。でも、夜逃げしようとした前日、先輩に『お前、おかしいぞ。大丈夫か?』と声をかけられ、思いとどまった。私もあらゆるものを捨てて逃げ出そうと、場所から逃げようとした。しかし、亡くなった彼は、(自殺することで)環境から逃げる選択をした」

「体罰がいけないのは、生徒の選択肢を奪うから」

 体罰やハラスメントを許容する学校や部活動の雰囲気があったというが、自殺事件の中に、体罰をしてはいけない理由が込められていると、谷さんは言う。

「体罰がいけないのは、生徒の選択肢を奪うから。閉鎖的な空間や歪な上下関係の結果、顕著に現れるのが体罰だ。選択肢を奪う指導とは、思考するための自由な時間を作らせないということ。その上で、子どもが嫌う『恥』と『将来への不安』を背景に罰を与える。体育科の場合、部活をやめるということは退学を意味する。親を心配させたくないのなら、やめられないということになる。自責の念が強いと、結果として自殺、自死が生じる」

 聴講者の中には、体育教師やスポーツの指導者を希望する学生も多い。谷さんは「もし、赴任した学校で、体罰がある雰囲気だったら」という前提の話として、バスケットの練習の一つである「1 on 1」を例にあげ、生徒と1対1で向き合うことの大切さを説いた。

「まずは生徒の悩みや考えを肯定すること。ずっと否定され続ける中で、先生から肯定されるのは嬉しいこと。そして、自分らしくあることを訴えて。生徒たちは、学校の中の世界だけがすべてに見える。すぐに解決はできなくても、先生が生徒と向き合っていくことが大切。そのためには、先生自身が、自分の世界を持つこと、自分の価値観の中で楽しんでいること。学校や部活の中で密閉されるのではなく、空気の抜け道をつくる。信念を持って、向き合う。それだけで生徒にとっては救いになる」

 次回は12月13日、いじめ自殺や指導死についての研修となる。

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